高津臣吾に屈した95年日本シリーズ…スコアラーが見た「オリックスVSヤクルト」回想録

スポーツ報知
第1戦。9回、3者凡退にオリックスを抑えたヤクルトの守護神・高津臣吾

 26年前、マウンドに立ちはだかったのは、ヤクルトの高津臣吾だった。95年10月26日、日本シリーズ第5戦。オリックス最後の打者ニールが二ゴロに抑えられ、日本一の夢は消えた。ネット裏で試合を見つめたスコアラーの目には、あの時のヤクルトと守護神はどう映ったのか。オリックス―ヤクルトの日本シリーズを前に、当時オリックスのチーム付きスコアラーだった田中彰さんに当時を振り返ってもらった。

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 この年のオリックスは「がんばろう神戸」を合言葉に、オールスター前から独走態勢。日本シリーズの相手をチェックするため、田中さんは9月ごろからヤクルトの試合を見始めた。

 「仰木監督の指令があったからね。シーズン終盤からチームを離れ、セのスコアラーに交じってヤクルトを追いましたよ。当時の資料は手書き。1人ずつ2ページ近く特徴を書くから、メモだけでノート50ページくらいにもなった。今ならパソコン、データもトラッキングなんかもあるけれど、当時は『目』と『紙』だけが頼り。球場で実際に見て、ホテルに戻って録画したビデオを何度も巻き戻して分析する。監督の意向もあり、本当に細部までこと細かく記録していた。ミーティングも行い、ある程度の感触はつかんでいた。この時のノートは、今でも持ってるよ」

 懐かしそうに振り返りながら開いたノートには、ややクセのある小さな字がびっしりと書きこまれている。古田のリードの傾向、投手の球種の癖、けん制球のタイミングに始まり、守備の動き、野手の肩の強さなどのスローイング技術。攻撃では打球方向の傾向に加え、ヒットエンドランのタイミングやバンドをどちら方向に転がすことが多いかまで、ヤクルトを丸裸にした分析が、こと細やかにメモされていた。

 裏方として、手ごたえはあった。「ベテラン佐藤義を中心とした先発陣に、抑えは高卒2年目の平井。野手陣はイチローを中心に捕手は中嶋(現監督)。バラエティーに富んだスタッフ。自らの評価は自軍有利やったね」。

 このシリーズは勝敗だけ見るとオリックスの1勝4敗と完敗だが、5試合のうち3試合が延長戦と紙一重の勝負だった。勝敗を分けたのが、守護神だった。

 オリックスは、ペナントレースで53試合に登板し85回1/3を投げ、15勝5敗27セーブとフル回転していた20歳・平井が打たれた。公式戦ではたった1本しか打たれなかった本塁打を、日本シリーズでは2試合で3本打たれた。疲労が限界に達していた。「まだ高校出て2年目やったからね。見ていてかわいそうやったよ」

 第2戦。同点の9回から登板。3イニング目の延長11回、先頭のオマリーに左越え1号ソロで敗戦。

 第3戦。1点リードの9回から登板。先頭のミューレンに左越え1号ソロを浴びて同点。延長10回1死二、三塁。池山にサヨナラ3ランを浴びて敗戦。

 これがオリックス守護神のシーズン最終登板となった。第4戦、第5戦はベンチにも入れなかった。

 「展開的にはどちらに転んでもおかしくないゲームが続いていた。抑え投手の明暗がはっきりと結果に表れたシリーズとなってしまったと思う。打者で警戒していたのは古田とオマリー。だけど、ミューレン、池山といった右打者に大事な場面で痛恨のホームランを打たれてしまったね」

 なお平井がベンチから外れた第4戦も延長戦。11回に「小林宏VSオマリーの14球」のドラマが生まれている。とにかく、手に汗握る試合の連続だった。

 一方、ヤクルト抑えの高津を、田中さんは事前分析ではどう見ていたのか。この年39登板、1勝3敗28セーブを挙げていたが「さほどスピードは無く、制球も完璧とは言えなかったかな。特徴あるシンカーは、抜けも良く落差はあり警戒していた。当時、西武にいた潮崎とタイプ的に似ているかなと分析していた」と振り返る。

 だが対戦すると「当初の見た目と違った」。「思いのほか制球が良くてね。完全に抑え込まれてしまった。3試合で4回を投げ、四球は1個だけ。誰に与えたか分かる? サメ(中嶋)だよ。今となってみれば、そんなところに不思議な縁を感じるね」

 球史に残る熱戦から26年がたった。今季オリックスを率いるのは、高津から唯一の四球を選んだ中嶋だ。クライマックスシリーズを制したあと、相手がヤクルトと知った指揮官は言った。「負けてますので、何とかやり返したいと思います」。

 中継を自宅で見ていた田中さんも、中嶋監督の言葉に力強くうなづいた。思いはきっと、同じなのだろう。

 「野村ID野球」と「仰木マジック」の対決と騒がれ屈したシリーズは、田中さんの人生も変えた。ヤクルトは新興IT企業の力を借り、パソコンでのデータ分析を始めていた。その威力を知った田中さんは球団に導入を働きかけ、勝利のために分析の道を歩んでいくことになる。

 96年にオリックスのパ連覇と日本一に貢献。99年から山田久志氏が中日の投手コーチを務めた星野竜へ移籍。落合竜最終年の11年まで、中日で5度のリーグ優勝に1度の日本一と、ドラゴンズの黄金期をスコアラーとして支えた。12年からはDeNAで中畑監督をサポートし、勝ちなれない選手たちに「勝利の味」を伝えもした。65歳で球界を離れ、今は大阪・高槻市のシルバー人材センターで理事を務め、地域社会に貢献している。

 オリックスが本拠を置く京セラドーム大阪には、今年も10試合ほど試合観戦に訪れた。日本シリーズは26年前と同じカードで、当時のような熱戦を期待している。「このシリーズはお互いが監督となっての対戦。オリックスもヤクルトもベンチのムードが素晴らしく、盛り上がりがあり、好ゲームが期待できると思う。指揮官として対決する2人に、何か因縁めいたものを感じてならないね」(編集局編成部デジタル担当=田中孝憲)

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