松尾雄治氏が悼む 日比野弘さんは「本当に一番尊敬できる方でした」どんな時も公平で正々堂々

日比野弘氏
日比野弘氏

 ラグビー元日本代表で、早大、日本代表の監督を務めた日比野弘さんが14日に呼吸不全のため自宅で死去した。86歳だった。関係者によると数年前に大病を患い、回復後は静養していたという。葬儀・告別式は家族葬で行う。日本代表時代に日々野さんのもとでプレーした松尾雄治さんがその人柄を振り返った。

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 いろんな先輩を見てきたが、本当に一番尊敬できる方でした。どんな時でも公平で、正々堂々とされていた。日本代表では監督とキャプテンの関係だったが、「君たちに任せたからな」と言ってくれる人で、選手として「よし、頑張ろう」という気持ちにさせてくれた。

 それを最も感じたのは、83年のウェールズ遠征だった。この時も「メンバーは君に任せる」と言ってくれた。日比野さんは早大監督を務めた方だったが、僕は最終的に(早大OBの)石塚(武生)さんや本城(和彦)君、吉野(俊郎)君ら早大出身の選手を一人も選ばず、そこは心苦しかった。それでも、日比野さんは「よし、分かった。それでいこう」と言ってくれた。

 そして、ウェールズとの試合前の練習では、石塚さんたちが率先して声を出してやってくれた。これが、日比野さんが指導してきた早大ラグビーなんだな、素晴らしいなと強く思った。あれがあったから、ウェールズ遠征は成功したと今でも思っている。

 半年前くらいに、電話で話したのが最後になってしまった。お元気そうで「また食事でもしましょう」と話したが、もう一度お会いしたかった。ご冥福をお祈りいたします。(松尾雄治=ラグビー元日本代表、スポーツ報知評論家)

 ◆日比野 弘(ひびの・ひろし)1934年11月20日、東京都生まれ。都大泉高でラグビーを始め、早大、東横百貨店(現東急百貨店入社)でプレーし日本代表は58年ニュージーランド代表コルツ(U23)戦から通算3キャップ。引退後、早大を日本一に輝いた70年度から99年度までの間に計4度率いた。日本代表監督は計3度務めた。日本協会副会長、会長代行、名誉会長などを務めた。

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