【1995年〈2〉】第5戦イチロー一発も力尽き「苦しかった」 このカード過去の4監督は全員殿堂入り

スポーツ報知
1995年日本シリーズ・ヤクルト・オリックス・第5戦。オマリー(左)と、胴上げ投手の高津(右)は、2年ぶり3度目の日本一に抱き合って大喜び

 ヤクルトが王手をかけた第4戦。8回まで1―0で日本一まであと3アウトの場面から伏兵の小川博文が好投を続けていた川崎憲次郎の122球目を左翼席に叩き込み3試合連続の延長戦になだれ込んだ。

 延長11回1死一、二塁で、前の打席まで13打数7安打と当たりに当たっている4番オマリー。延長に入りオリックスは第5戦の先発予定・小林宏をマウンドに上げていた。スライダーと直球を見逃しで簡単に2ストライクとなってから、オマリーが粘る。4球目から5球連続ファウル。中でも7球目は右翼ポールをかすめ、球場のファンが腰を浮かせるような一打。そして12球目も大飛球が右翼に飛んでいったが切れていった。結局14球目の真ん中低めの直球を空振りし三振。経過は次のようになる。

(〇見逃し、◎空振り、●ボール、△ファウル)〇〇●△△△△△●△△△●◎

 日本シリーズ史上に残る名勝負だった。この熱投に奮起した4番D・Jが延長12回、右翼席に決勝アーチを叩き込んでオリックスが一矢を報いたが、そのシーンの視聴率は55・9%(関東地区)を記録した。

 第5戦はイチローのバットが火を噴き、1回に右翼席に先制ソロをかけたが先発に起用した高橋功一が2回にD・Jの失策が絡んで犠飛2本であっさり逆転され、5回には当たり屋オマリーが右翼席に2号ソロ。ブロスが8回1失点、そして今年指揮を執る高津臣吾がピシャリと抑えて2年ぶり3度目の日本一を決めた。

 シリーズは4勝1敗だったが、すべての試合が先制したチームがそのまま逃げ切るパターンが1度もなく、もつれた好ゲームの連続。巨人・長嶋茂雄監督が「4勝1敗の数字以上に白熱した戦いだった」と話すほどだった。第5戦の日、GS神戸には第6戦を前に外野席チケットを持っているファンのテントが30以上あったという。

 イチローは最終戦に2安打したものの打率2割6分3厘。24打席中14打席でファーストストライクを見逃しており、ヤクルトの攻めに手を焼いた。試合後「こういう状況の中で野球をさせてもらってうれしかったです」と言った後、ぽつりと「苦しかったです」とつぶやいた。その強打を抑え込んだ古田敦也捕手は「首脳陣とのミーティング通りにやっただけ」。野村克也監督は「会心のシリーズ。これだけうまくいくとは思わなかった」。そして「“勇将の下に弱卒無し”という言葉通り、自分を信じ選手を信じた1週間だった」と胸を張った。

 今年采配を振るう両監督は、高津臣吾がヤクルトの抑えとして4試合に登板し1勝2セーブ、4イニングで1安打無失点。実はシリーズ通算でも11試合、2勝8セーブ、16回2/3無失点で4度の日本一の陰の立て役者となっている。一方、オリックスの捕手だった中嶋聡は1995年は3度の先発を含め4試合に出場。翌年、巨人との日本シリーズ第2戦で先発マスクをかぶり、右腕フレーザーの好投を引き出しシリーズ優勝に貢献する。

 最後にこのヤクルトと阪急、オリックスとの過去2度の日本シリーズの指揮を執った4人の監督はそろって後に野球殿堂入り。高津監督は今年の殿堂投票で10票足らなかったが今年の優勝監督として箔(はく)がつき来年1月の投票では当選する可能性は高い。そして、中嶋監督が過去のOBのように、どこまで実績を重ねていくのか楽しみにしている。(おわり)

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