ヤクルト対オリックスのシリーズ激闘史〈2〉【1978年】大杉の本塁打を巡り1時間19分中断 最高視聴率は61・5%

スポーツ報知
1978年日本シリーズ・ヤクルト・阪急・第7戦。6回1死、ヤクルト・大杉の左ポール際打球の判定へ阪急・上田監督が猛抗議

 後楽園に戻った第6戦はヤクルトの初優勝見たさに、巨人戦でも滅多に集まらない4万4956人の超満員のファンが詰めかけた。ところが、試合は阪急打線が爆発し12―3で圧勝した。

 最終第7戦、阪急は第3戦完封勝利の足立光宏、ヤクルトは第2戦に先発勝利し第4、第5戦でセーブを挙げている松岡弘が先発。報知新聞の第7戦のみどころの筆者、評論家・藤田元司さんは「6分4分で阪急」と書いていた。私を含めて記録記者も誰もがそう思っていた。

 両軍無得点で迎えた5回裏、ヤクルトは2死三塁からヒルトンの高く弾んだ二塁前のゴロが内野安打となり1点を先制した。球史に残る“事件”が起こったのは直後の6回1死、大杉勝男の左翼への大飛球だった。左翼ポールをかすめたように見えた打球に、富沢宏哉左翼線審は大きく右手を回した。これに対し、三塁側から阪急・上田利治監督が脱兎のごとく左翼ポール際まで駆け込んで「ポールの左側を通過した」と抗議。この間、指揮官は守っていたナインをベンチに全員引き揚げさせた。このあと富沢線審が場内マイクで「ポールの上を通過したのでホームランです」とファンに説明したが、ビデオ映像を見た阪急の球団職員から「ポールの上ではなく左横を通っている」と説明された上田監督が激高。金子鋭コミッショナーらが説得に当たった結果、1時間19分の中断の末、ようやく再開した。現在ならリクエストですぐにでも再検証できたが、左翼ポール際に陣取っていたファンの多くはファウルと証言していた。

 この長い中断にもかかわらず、フジテレビ系列で中継された試合の視聴率はぐんぐん上がって最高値61・5%、平均でも45・6%のシリーズ史上最高の数字と、日本中のファンがこの経過を見守っていた。

 試合は中断で足立が降板し、2番手で投げた新人・松本正志がマニエルに本塁打を浴びて3―0(8回にも1点を追加)。長い中断にもかかわらず松岡の右腕は冴え渡り3安打完封勝ちで、広岡達朗監督が宙に待った。上田監督は第4戦、今井雄太郎を続投させ9回2死からヒルトンに逆転2ランを浴びた場面を「悔やんでも悔やみきれない」と語ってグラウンドを去って行った。

 このシリーズのMVPは10打点を挙げた大杉だったが、報知新聞が今でも続けている貢献ポイントでは、完封勝利を含め2勝2セーブの松岡だった。個人的な感想だが、もし松岡がMVPとなっていたら、歴代19位の3240イニングを投げ191勝190敗を残した彼は、野球殿堂入りはしていたはず(私は毎年、エキスパート部門で彼の名前を書き込んでいる)だ。

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