瀬戸内寂聴さん、99歳死去 10月体調不良で入院 墓石には「愛した、書いた、祈った」と刻む

スポーツ報知
瀬戸内寂聴さん

 小説「夏の終り」などで知られる作家で天台宗の尼僧の瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう、旧名・瀬戸内晴美=せとうち・はるみ)さんが9日午前6時3分、心不全のため京都市内の病院で死去した。99歳だった。10月に体調を崩し入院していた。自らの不倫経験や性愛も包み隠さず著書につづり、流行作家として活躍するさなか、51歳で得度(出家)。執筆の傍ら尼僧としても精力的に活動し、ユーモラスな法話でも人気を博した。葬儀は近親者のみで営まれ、後日都内で「お別れの会」を開く予定。

 人間の業と愛を描き、波乱万丈の人生を駆け抜けた寂聴さんが極楽浄土への旅に出た。

 寂聴さんは14年に胆のうがんを患うも回復。しかし、昨年ごろから体調を崩し、コロナ禍の影響もあり京都・嵯峨野に構える自坊「寂庵」を一時的に閉め、同所での法話や写経なども休んでいた。

 亡くなる直前まで新聞や雑誌に複数の連載を抱えるなど、執筆意欲は衰えなかったが、今年5月には脚の血管が詰まり手術。一度退院したが10月から再び体調不良で入院していた。週刊誌「AERA」の誌面で美術家・横尾忠則さんとの往復書簡連載も同月から休み、秘書や担当編集の代筆が続いていた。

 徳島県の神仏具商の家に生まれた。東京女子大在学中に見合いした男性と1943年に学生結婚。長女をもうけるも、学者だった夫の教え子と不倫し、48年に家族を残し駆け落ち。少女小説家として活動し、57年「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞し、本格的に作家の道へ。翌年「花芯」で描いた奔放な性描写が「子宮作家」とバッシングを受け、5年ほど文壇から遠ざかった。

 63年に妻子持ちの年上作家と、かつて家出を決意した年下の男との間で揺れる女性の心理を描いた自伝的小説「夏の終り」が再評価され作家として復活。「かの子撩乱」「美は乱調にあり」などの伝記文学でも、実在した人物をダイナミックに描いた。73年、51歳のときに岩手県の中尊寺で得度し、本名の晴美から法名・寂聴を名乗るように。98年には「源氏物語」全10巻の現代語訳を完結させ、平成の源氏物語ブームの火付け役となった。

 執筆の傍ら、尼僧としても精力的に活動。寂聴さんの法話は、戦争の経験や道ならぬ恋など自らの経験を土台に、仏の教えをユーモラスに語る内容で、抽選の申し込みが殺到する人気ぶりだった。晩年は66歳差の秘書・瀬尾まなほさん(33)との家族さながらのやりとりも話題に。新しいものにも積極的で、18年からはインスタグラムも始めていた。

 義理堅い人柄でも知られ、俳優の萩原健一さんが83年、大麻事件を起こした際には判決翌日に萩原さんを寂庵でかくまい、知人の寺で修行をさせたことも。連合赤軍事件の永田洋子元死刑囚との交流を続けるなど、社会的な活動も多かった。東日本大震災後には原発再稼働に反対しハンストを行い、15年には国会前の安全保障関連法案反対集会に参加。母親と祖父を亡くした戦争体験から、平和の尊さを訴え続けた。

 名誉住職を務める岩手・天台寺にすでに墓を購入。墓石には「愛した、書いた、祈った」と刻むことを決めていた寂聴さん。100歳を前に、愛と自由を謳歌(おうか)した人生に幕を下ろした。

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