生涯背負う肩書きは「東洋大が箱根駅伝シードを逃した最後の年のアンカー」…2005年10区を走った大橋怜さん

スポーツ報知
2005年1月3日の箱根駅伝復路10区を走った東洋大・大橋怜 

【HAKONE LIFE ロングバージョン】大橋 怜さん(38)=WEリーグ マイナビ仙台レディース 企画営業部長=

 今年9月に開幕した日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)のマイナビ仙台レディースで企画営業部長を務める大橋さんは、サッカー愛とスポーツ愛にあふれている。

 それもそのはずだ。中学時代はサッカー部に所属。その一方で駅伝でも活躍し、岐阜・土岐商高入学と同時に陸上に専念。東洋大4年時の2005年箱根駅伝で10区を走った経験を持つ。

 「スポーツに対する愛情と興味が私の基盤です」と大橋さんは迷いなく話す。

 東洋大卒業後、実業団のJALグランドサービスで2年間、競技を続けた。その後、大学生協の関連会社に3年務め、27歳の時、マイナビに転職した。広告宣伝部に所属し、ゴルフやボクシングなどスポーツイベントに関わった。

 スポーツに対する深い造詣と愛情が評価され、今年2月、新たな時代を迎えたWEリーグのマイナビ仙台のフロントへ異動が決まった。「普段はピッチから一番遠い場所で仕事をしています。地元の皆さんにひとりでも多くスタジアムに来てもらえるようにチームの魅力を伝える。チームを支えてくれるスポンサーさんを探す。とても充実しています」と笑顔で話す。

 マイナビ仙台の価値を高めるため、日々、奮闘している。「仙台では、やはりプロ野球の楽天さんの人気がすごい。お客さんを楽しませるアイデアや工夫がたくさんあります。楽天さんのフロントの方々と意見交換して勉強させてもらっていますし、プライベートでスタジアムに行って野球を見ることも多いです」

 第8節終了時点でマイナビ仙台は2位と好位置につける。「昨年のなでしこリーグ1部で7位だったことを考えれば、選手はすごく頑張っています。プロとしての厳しさを持ったチームを目指しています。目標は初代王者です」と大橋さんはプロクラブのフロントとして目を光らせた。

 マイナビ仙台だけではなく、WEリーグ全体を見渡す視線も持つ。「WEリーグに関わる者のひとりとして、女子プロサッカー選手が魅力ある職業として確立するように少しでも尽力したい。現在、経営規模で言えば、男子のJ3クラブとWEリーグのトップクラブがほぼ同じ。これを男子のJ2、いつかはJ1に近づけていきたいですね」と理想を語った。

 WEリーグとマイナビ仙台のために仕事に全力を注ぎつつ、いつも、陰ながら母校の東洋大を応援している。「大学時代は故障が多く、4年生になって最初で最後の箱根駅伝を走ることができましたけ。でも、アンカーの私は13位で大手町にゴールしてシード権(10位以内)を逃していまいました。17年も前のことです」と大橋さんは静かに話した。しかし、その後、一転、声を弾ませて続けた。「私たちがシード権を逃した翌年から、東洋大は今年まで、ずっとシード権を取っているんですよ!」

 東洋大は7日に行われた全日本大学駅伝で10位に終わり、伊勢路では14年ぶりにシード権(8位以内)を逃した。「箱根駅伝では心配していません。優勝を目指して頑張ってほしいです」と、先輩に当たる酒井俊幸監督(45)と後輩ランナーにエールを送った。

 「『東洋大が箱根駅伝シードを逃した最後の年のアンカー』という肩書きはいつまでも私が持っていたいですね」と笑う。ステキな肩書きを持つ大橋は、マイナビ仙台のために、今日も、仙台の街を走り回っている。(竹内 達朗)

 ◆大橋 怜(おおはし・りょう)1983年1月18日、岐阜・大垣市生まれ。38歳。中学時代はサッカー部に所属しながら、駅伝にも助っ人として出場し、県大会で区間賞を獲得。土岐商に入学後、陸上を本格的に始める。3年時に全国高校総体5000メートル8位入賞。全国高校駅伝には3年連続で出場し、1年6区19位、2年6区7位、3年3区6位。チームは26位、20位、6位入賞。2001年に東洋大入学。3年時に日本学生対校選手権ハーフマラソン6位入賞。箱根駅伝は4年10区12位。チームを14位から13位に引き上げたが、シード権(10位以内)を逃した。2005年に卒業し、実業団のJALグランドサービスに入社。2007年に競技を引退し、退社。その後、大学生協関連会社を経て、マイナビに入社。今年2月からWEリーグのマイナビ仙台レディースの企画営業部長に就任。家族は妻。

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