「なにわ男子」藤原丈一郎、大好きな野球の話が止まらない…インタビュー・ロングバージョン

スポーツ報知

 関西ジャニーズJr.の7人組グループ「なにわ男子」が11月12日に「初心LOVE(うぶらぶ)」でデビューする。グループ最年長の藤原丈一郎(25)は2004年2月の入所から歴代最長となる17年9か月を経た。デビューまでの挫折や転機、そしてメンバー6人と描く未来を語り尽くした。

 インタビューのため報知新聞社(東京・港区)に来社した藤原は、廊下の壁に貼付されたジャイアンツの写真を見る度に、声を弾ませた。

 「これは豊田(清)さんでしょ。うわー(高橋)由伸選手格好良い」

 部屋に入った後も野球談議が止まらない。

 「初めて見たのが巨人戦で。小学低学年の頃に京セラドームで巨人―DeNAを。とにかく清原(和博)選手が好きで。巨人戦はチケットを取るのが難しかったんですけど、オリックスのチケットが小学校で無料で配っていて。オリックス戦に行ってみると、いろんなイベントをしていて。だんだんハマっていって」

 小学校では谷佳知の下敷きを愛用し、3年前から年間シートを確保。宮城で行う今季最終戦を見届けようと人生で初めてマネジャーにスケジュール調整も頼み込んだ。今季のMVPは誰でしょうか。

 「やっぱり中嶋監督じゃないですかね。どの選手も良いですけど、(吉田)正尚選手がけがをした時に紅林(弘太郎)選手を持ってきたのも、最初は中継ぎだった山本由伸選手を先発に持ってきて。よく『阪急ブレーブス以来』とか報道されますけど、大谷選手がベーブ・ルース以来と報道されるのと同じ感覚ですね。もう夢を見ている感じです」

 止まらない。「そろそろ野球以外のお話も」。そう切り出すと、藤原は我に返ったように背筋を正し、再び言葉を紡ぎ始めた。

 “なにわの日”(7月28日)に横浜アリーナで行われたライブで、11月のデビューが告げられた。

 「数字だけ見ると長い年月ですけど、あっという間でしたね。人生の半分、いや4分の3ですね。仕事というより人生そのもの。今、振り返ると無駄な時間はなかった。落ち込んだこと、もっと前で歌いたかったこと。それがあったから今につながっている」

 入所からデビューまで17年9か月。“歴代最長”の道のりは、長かった。

 「何度も挫折しました。やめようと思ったのは中学から高校、高校から大学、大学の後の進路を考えた時の3回ですかね。環境が変わると『どうしようかな』って。ファンの人も心配するんですよね。新しい舞台が決まって髪を黒くするじゃないですか。でもファンの人は、まだ知らなくて。『就活?』とか心配させてしまうから。髪を黒にしたくてもできない時期もありました(笑い)」

 元々この世界に憧れていたわけではない。プロ野球選手を目指して公園でバットを振る藤原少年に、母が言った。「オーディションを受けたら5000円あげる」

 「当時、5000円なんて大金ですから。ちょうどNEWSがデビューした直後で、オーディションの1、2週間前からやたらジャニーズの歌番組見せられたんですよね(笑い)。美容院に行ったら、母が美容師さんに堂本光一さんの写真を見せていて。だから、当時の写真は、襟足長くて」

 京セラドームで行われたオーディションの野球大会。年少者だった藤原は目立ったプレーができず落選した。

 「その後に習い事があって。面倒くさかったから帰らないで、その後のダンス部門も受けてみようと」

 一番後ろで踊る当時身長120センチの藤原少年。審査員から「前に来て」と言われて最前列へ。休憩中には運命の出会いを果たした。

 「自販機の前にいたら、『ユー、ジュース飲みなよ』と言うおじさんがいて。誰だろう、この人は。ポケットからたくさん千円札を出して。でもジュースくれるから良い人かなって。後に分かったんですけど、それがそうジャニー(喜多川)さんです」

 オーディションから数日後。家の電話が鳴った。「来週TOKIOのライブに来られますか」。予定が合わない合格者が多く、追加募集だった。母の誘い、ダンス部門を受けたこと、合格者の都合が悪かったこと。さまざまな“奇跡”が重なった。

 約20人の同期と入所したが、今も残っているのはジャニーズWESTの神山智洋(28)だけだ。

 「当時から神ちゃんはダンスがうまくて。神ちゃんがグループ組んでデビューをした時は悔しかった」

 どうしたら追いつけるか、契機となったのは大学進学だった。

 「経営学科でマーケティングを学んで。そこで『どうして売れないのか、こうしたら売れる』と商品開発を学んだんですけど、ジャニーズでも生かせると」

 商品を自分に置き換えた。徹底的に分析した。

 「デビューするには実力も運も大切。でも僕は全てを運のせいにしていた時期もあった。もっと実力をつけた上で武器はなんやろと」

 たどり着いた答えは、大好きなお笑いと野球を極めることだった。

 「スタッフさんから、関ジャニ∞の大倉(忠義)君は皆が休んでいる時に、木村(拓哉)さんの歌い方を研究していたという話を聞いた。余った時間を財産にするしかない。そこから野球の見方も変わりました。応援するだけではなく、面白いイベントをメモしたり。プロとアマをセットで見ればより面白いと、高校野球にも通うようになりました」

 お笑いも生半可ではない覚悟で向き合っている。

「まずは、関ジャニ∞さんが話していたことを学校で試したりして。あと漫才を書くのが好きで。普通は、『ジャニーズが漫才って』となると思うのですが、マーケティング的に考えると、それがギャップ。ラーメン屋で寿司(すし)を出す店はない。でも、それがおいしかったら一気に話題になる」

 吉本新喜劇やよしもと漫才劇場に通い、東京に来るとヨシモト∞ホールやルミネtheよしもとにも足を運んだ。

 「客席で普通に笑っているんですけど、暗転した瞬間にメモ帳を取り出してね。ネタをため込んで、スポットライトが当たった時にしっかりはき出せるように」

 それでもなかなか結果に結びつかない時、支えとなったのはファンの姿だった。

 「大学3年生の時。いつも一緒にいた友人が『エントリーシートの講義があるから』と言うようになり、1人で帰る日が続いて。あー、どうしたらいいんやろと。でもその時に頭に浮かんだのが、ファンの方の歓声やうちわを振る姿で。皆の前でステージに立ちたいと思えたからやってこられた」

 そして、入所から17年9か月。ついにデビューをつかんだ。

 「家族、スタッフさん、ファンの方にちょっとでも恩返しできたのかなって。とにかくホっとしました」

 個性豊かな6人と共に、大きな未来を見据える。

 「ドラマや映画に出る人、ちょっとおバカな人、料理がうまい人、かわいい人。アイドルに必要な要素を誰かがしっかり補える。全方面に広げられていてバランスが良いんですよね。デビュー後は、この円をもっと広く太くしないといけないですね。僕らはずっと国民的アイドルを目指しているので。ジュニアの時の方が勢いがあったねと言われないように、デビューしてもチャレンジを続けて、唯一無二のグループになりたい」

 最後に、聞いてみた。「なにわ男子」をマーケティングの視点から見ると?

 「まさしく新商品ですよね。棚の一番前やレジ横に置かれている状態。そこで、デビュー曲の「初心LOVE(うぶらぶ)」をたくさん聴いていただき、良いんやと思ってもらえることが重要。そこから、いろいろな種類の商品を出していけば。一発目がとにかく大事ですよね」(ペン・田中雄己、カメラ・竜田卓)

 ◆藤原 丈一郎(ふじわら・じょういちろう)1996年2月8日、大阪府出身。25歳。2004年に入所。18年になにわ男子を結成し、21年11月12日にCDデビュー。特技・ネタ作り、野球。趣味・フットサル。血液型B。愛称・じょう。

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