東映元社長の高岩淡さんが肺炎のため90歳で死去 京都の「東映太秦映画村」を開設

スポーツ報知
肺炎で死去した東映元社長の高岩淡さんと姪の檀ふみ(2003年の「第26回日本アカデミー賞」授賞式で)

 東映は1日、元社長の高岩淡(たかいわ・たん)さんが10月28日午後2時23分、肺炎のため京都市内の病院で死去したと発表した。90歳だった。喪主は長男・高岩礼(れい)氏。葬儀は家族葬で執り行った。後日、お別れの会を行う予定。

 高岩さんは1930年、福岡県生まれ。九州大を卒業し、54年に東映入社。71年、東映京都撮影所の所長に就いた。75年に同撮影所の一部を使い、「東映太秦映画村」としてオープン。京都の人気観光スポットとして親しまれるだけでなく、日本のテーマパークの先駆けともなった。

 93年、岡田茂氏(2011年死去、享年87)の後を受け、東映社長に就任。茂氏の長男・岡田裕介氏(20年死去、享年71)に社長の座を譲った02年に、会長となった。作家・檀一雄さん(76年死去、享年63)とは異父兄で女優・檀ふみ(67)は姪にあたる。

 また58年に始まった中村錦之助主演「一心太助」シリーズを始め、多くの映画製作に携わった。「柳生一族の陰謀」(78年)、「青春の門」(81年)、「火宅の人」(86年)、「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)、「男たちの大和/YAMATO」(05年)などを手がけた。

 高岩さんの訃報を受け、ゆかりの深い女優・俳優がお悔みの言葉を寄せた。

 檀ふみ「骨の髄まで映画人でした。晩年は、自分が関わった時代劇をテレビで見つけては懐かしがっていたそうです。私が俳優となってからは、どこへ行っても誰と会っても、「高岩淡さんの姪御さん!?」「お世話になりました」「素晴らしい方ね」と、笑顔で迎えられました。そんな叔父を持ったことを、誇りに思っております」

 岩下志麻「『極道の妻たち』シリーズで大変お世話になりました。怒ったお顔を拝見したことがなく、いつも穏やかで優しい、心の温かい方でした」

 松坂慶子「スケールの大きな温かいお人柄で太陽のような方でした。私がしゅんとしてた時『慶子ちゃん、困った時は笑ったらええんや』と励まして背中を押してくださったことを懐かしく思い出します」

 名取裕子「義理と人情にあつく、映画にかかわる人達を分け隔てなく大切にする真の映画人でした。大きな声と弾ける笑顔と豪快な食欲。そして何より繊細な優しさを持ち続けた愛の人であることを忘れません」

 中井貴一「『激動の1750日』(90年)という任侠映画の撮影の折、ご一緒させて頂き、仕事以外も撮影中何度も京都の美味しいお店、粋な遊びも教えて頂きました。先輩の死に接する度、後は頼むよ…と、大きなバトンを手渡されたような気がいたします」

 松平健「『暴れん坊将軍』が始まった時、高岩さんは東映京都撮影所の所長。まだ撮影所に慣れない私を気に掛けてくださった。『暴れん坊』のソフトボールチームを作って試合をしたときには応援に駆けつけてくれたこともありました。豪快な笑顔でいつも励ましていただきました」

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