太田雄貴氏、アマスポーツの財政的自立へ「ベッティング」導入議論を…皆川賢太郎氏と特別対談

対談でグータッチする太田雄貴氏(右)と皆川賢太郎氏(カメラ・小泉 洋樹)
対談でグータッチする太田雄貴氏(右)と皆川賢太郎氏(カメラ・小泉 洋樹)

 日本スポーツ界をリードする若き2人のリーダー、国際オリンピック委員会(IOC)委員の太田雄貴氏(35)=前日本フェンシング協会会長=とアルペンスキー五輪4大会連続代表の皆川賢太郎氏(44)=同協会理事=が特別対談を行い、フェンシング競技の普及・運営を通じて模索するスポーツビジネスの未来を熱く語った。全日本選手権決勝(11月6日)の試合会場を、六本木ヒルズアリーナにするなど、感性とアイデアにあふれたトークとなった。(取材・構成=細野 友司、カメラ=小泉 洋樹)

 東京五輪。太田氏が招致にも携わった舞台で、フェンシングは男子エペ団体金メダルなど好成績に沸いた。

 太田氏「金を取るならこの種目しかない、というのが男子エペでした。見延(和靖)選手が軸となって作ってきたチームに、ワーディング(=愛称の『エペジーン』)と、武井(壮)会長の就任とで、盛り上げようというスタンスがあって。それに選手の思いが加わって、勝利に近づいたんではないかと思っています」

 皆川氏「認知されるためには、金メダルというのは最高の結果ですからね。太田さんがフェンシング協会を変えていく取り組みの中で、自立していくためのすごくいいきっかけになるんじゃないかと感じました」

 太田氏は17年からフェンシング協会会長を務め、改革を進行。在任中の18年には全日本選手権決勝をグローブ座(東京)で初開催。大型スクリーンやDJの音楽など、演出も話題を集めた。今年度も、六本木ヒルズアリーナで開催が決まっている。アマチュアスポーツがいかに注目を浴び、競技団体が財政的に自立できるか、様々な工夫が詰まっている。

 皆川氏「太田さんのフォーマットって素晴らしくて、劇場で全日本選手権というのも一つありましたよね」

 太田氏「決勝だけ分離すれば、全てタイトルマッチだから初めて見る人も分かりやすいでしょう。1試合ずつゲームスポンサーをつける試みは、大曲(秋田)の花火大会で1発ごとにスポンサーがついていたのを見て着想を得ました。資金的にも楽になりましたね」

 大目標の東京五輪が終わり、“ポスト東京”の時代は一層の試行錯誤が求められる。各団体の努力はもちろん、視野を広げた政治との議論も避けては通れない。

 太田氏「これからは、国にいくら補助金を下さい、と要望するのではなくて、稼ぎやすい状態を許容してください、と。例えば、スポーツベッティング【注】。フェンシングも賭けの対象になり得ますけど、法的な議論が全然追いついていない。公平性や中立性の担保、選手が賭けに巻き込まれないようにする仕組み作りなど、まずは議論をしないといけない。賞金が出ず、支援企業には『東京五輪が終わったから…』と契約を打ち切られる。食えなければ、競技を続けられないですよ」

 皆川氏「僕もそう思っています。メダルが何個取れるから、これだけの財源が欲しい、という中央集権的なロジックではなくて、いかに独立してやっていけるか。今は、転換期だと思うんですよ。ベッティングだったり、経済としてどうスポーツを捉えるのかが、重要ではないかと思います」

 太田氏「ベッティングが入ると、予想のマーケットもできてくる。データ会社も売り先ができて、解析へのニーズも出てきて、関連産業がもうかる。そこに投資や協賛する動きが出ると、さらに面白くなりますね」

 来年早々には、冬季の北京五輪が控える。東京が終わった後も、スポーツ界の時計は進む。一大イベントを成功させた我が国で、スポーツがさらに成熟するため―。オリンピアンの2人は、信念を持って歩む。

 皆川氏「(全日本スキー連盟の)競技本部長時代に、しっかりと北京へ布石は打ってきたつもりです。時差もないですし、ぜひ選手たちの活躍を見届けてほしいと思いますね。東京五輪では、(スケートボードなど)アーバンスポーツが脚光を浴びて前向きなこともあったけど、まだまだスポーツ界は未成熟。(会長を務める)冬季産業再生機構と合わせ、夏冬両輪でやっていきたい」

 太田氏「東京招致が決まってからの8年より、今後の8年の方が不確定要素が大きく、かなり時代が進むんじゃないか。学びをやめた瞬間、置いていかれちゃうんじゃないかと感じます。自分自身がビジネスパーソンとして戦いつつ、スポーツ界を援護射撃できるような存在でありたいですね」

 【注】スポーツの賭け事の意味。欧米で盛んに行われ、英国では政府公認の賭け屋(ブックメーカー)が複数存在。サッカーやテニスなどの球技を始め、様々なスポーツが賭けの対象。国内では合法化されていないが、スポーツ振興くじ「toto」(2001年発売開始)がある。

 ◆皆川 賢太郎(みながわ・けんたろう)1977年5月17日、新潟・湯沢町生まれ。44歳。北照高(北海道)―日体大。冬季五輪は98年長野大会で回転、大回転ともに1回目で棄権。2002年ソルトレークシティー大会は回転で1回目失格。06年トリノ大会は回転4位となり、アルペン種目で日本勢50年ぶりに入賞。10年バンクーバー大会は回転で途中棄権。09年6月に女子モーグルの上村愛子さんと結婚。14年に現役引退。17~20年に全日本スキー連盟競技本部長を務めた。

 ◆太田 雄貴(おおた・ゆうき)1985年11月25日、大津市生まれ。35歳。京都・平安高(現・龍谷大平安高)で高校総体個人3連覇。男子フルーレで2008年北京五輪個人、12年ロンドン五輪団体でともに銀メダル。15年世界選手権個人で日本勢初の金。16年リオ五輪後に引退し、17年8月に日本フェンシング協会会長就任。21年6月に任期満了で退任し、8月から国際オリンピック委員会(IOC)委員。妻は17年12月に結婚した元TBSアナウンサーの笹川友里さん。

 ◆フェンシング全日本選手権決勝 11月6日に六本木ヒルズアリーナで実施。初の屋外開催となる。各種目の準決勝までは9月に行われており、決勝は男子エペで東京五輪団体金メンバーの加納虹輝(JAL)らが出場予定。2部構成で、観客250人を入れ替える。

 【取材後記】夏と冬の五輪舞台を彩った、太田氏と皆川氏がスポーツ界に新風を巻き起こそうとしている。ともに現役の08年頃。練習拠点の国立スポーツ科学センター(都内)で皆川氏の愛車を太田氏が「いいですね!」と褒めて交流が始まり、今は冬山でスキーをともにする仲。10年以上の付き合いを重ね、競技の垣根を越えて共鳴しあった。

 太田氏が手がけたフェンシング全日本選手権のコンテンツ化は大きな事績で、体育館ではなく、劇場で決勝戦を開催したり、選手の肉体美を生かした大会ポスターも話題を集めた。

 皆川氏は昨年まで全日本スキー連盟競技本部長を担った。実現はならなかったが、在任中はスノーボード・ビッグエアの大会を神宮外苑で計画。どうしたら注目度を高められるか常にアイデアを大回転させている。注目が集まれば、競技運営への資金が集まり、選手の待遇改善、成績向上につながる。国内競技団体(NF)で実績を出した太田氏がIOCで立場を得たのもうなづける。変革の時代の新たなリーダー像となりそうだ。(五輪担当・細野 友司)

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