【オリックス】元担当記者が振り返る”暗黒時代の幕開け”…僕の「ガンソウ」のせいなのか?…V記念コラム

スポーツ報知
担当記者の不吉な顔相を見抜いた?仰木彬監督

 1998年新春、大阪市内のホテル宴会場。

 「初めまして。今年から担当になりました。よろしくお願いします」

 「そうか、よろしく。う~ん君、ガンソウ(顔相)が悪いなあ」

 ホロ酔いだった仰木監督の、これが第一声だった。関西プロ野球3球団とマスコミ関係者の互礼会。オリックス担当になって初対面の場だ。水割り片手の監督に、名刺を手に近づいた時のことだった。

 暗黒時代と呼ばれた阪神担当からのクラ替え。イチローを擁して96年は日本一、97年もリーグ3連覇こそ逃したが、優勝を争っての2位だった強豪の番記者だ。当然勝ち原稿が増えると期待していた。

 ところが球団ワーストの開幕6連敗で最下位独走。まさか4月半ばで3回連載「さびついた仰木マジック」を書かされるとは夢にも思っていなかった。直後の福岡遠征で先輩記者が偶然にも福岡ドーム内のエレベーターに仰木夫人と乗り合わせた。ちなみに監督は当時福岡の自宅を離れ、神戸でホテル生活中。

 夫人「報知さんも九州で発刊されたようで。家で取らせてもらってますよ」

 先輩「それはどうも、ありがとうございます」

 夫人「でも、もうやめることにしました。理由は分かりますよね…」

 言葉を継げず、昇降機から出る夫人を凍りついたまま見送る先輩。「後輩はデスクの命令で書かされただけです」と新米担当をかばってやる余裕はなかったらしい。

 人相が悪いとは言われるが、顔相とは初耳だった。新年早々、仰木監督は私を見てビビビッときたのかも知れない。「こいつは悪運を運んでくる」と。まるで地獄の使者だ。悪いことに仰木マジックはその後も奮わなかった。担当した2年間は連続3位で優勝争いとは無縁。オリックス20余年の低迷はここから始まったようなものだろう。

 担当を外れるときに「僕の顔相のせいで」などと半分冗談のつもりであいさつしたら、困ったような苦笑いで返された。あの宴会場でのやり取りは、勝負師の口から思わず出た本音だったのだろう。四半世紀ぶりの優勝で胸のつかえが取れた気持ちだ。

(1998、99年オリックス担当=竹村 聡)

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