【名古屋】監督との確執、C大阪からの移籍…不振脱した柿谷曜一朗が迎える古巣とのルヴァン杯決勝

スポーツ報知
17年大会でC大阪にとって初タイトルの優勝カップを掲げる柿谷(中央)

 10月30日にルヴァン杯決勝(埼玉スタジアム)を迎える名古屋のFW柿谷曜一朗は昨年末、決勝で対戦するC大阪から新天地に移籍した。今季はリーグ戦の試合出場試合数(28日時点で31試合)が4季ぶりに30試合を超えるなど、近年の下降線傾向から脱却しつつあるようだ。

 4季前の2017年は、幼少期のスクール時代から在籍した古巣が、クラブ初タイトルとなるルヴァン杯と天皇杯の2冠を獲得した。柿谷のサッカー人生において、初めて挫折と言える苦境に置かれた1年だったかもしれない。

 C大阪が3季ぶりにJ1に復帰したこの年、柿谷は主将としてリーグ全34試合に出場したが、決してチームの中心ではなかった。

 12年夏からドイツ、スペインでプレーしていたMF清武が開幕前に復帰。度重なる故障で必ずしも大きな働きをしたとは言えないが、当時は日本代表の主力だっただけに注目を集めた。さらにFW杉本(現横浜M)がリーグ2位の22得点を挙げ、A代表に初選出されるなど急成長。C大阪の代名詞「背番号8」を背負う柿谷の存在感は終始、2人の陰に隠れたままだった。

 そんな中、柿谷は精神的にも孤立する。結果的に2冠獲得へとチームを変革させた立役者、尹晶煥監督(現J2千葉監督)との確執だった。

 FWでありながらシーズン6得点と目に見える結果を出せなかった柿谷について、尹監督は他の面での貢献度が高いともみなさなかったのだろう。早々に交代させるケースが増えていた。不満を募らせた柿谷は他の選手、スタッフがまだグラウンドで練習を続けている時間帯に着替えをすませ、さっさと帰宅する姿を見せ始める。シーズン終盤には試合で交代を告げられると、あからさまに監督を無視し、握手を拒否してベンチに下がるようになった。

 ルヴァン杯決勝も天皇杯決勝も、優勝の感激を分かち合うはずの試合終了の瞬間に、柿谷はピッチにいなかったのだ。

 あれから4年を経て、どう成長したのだろう。対立した尹監督は翌18年限りで退団。この年夏にライバルクラブのG大阪移籍もとりざたされた柿谷は、クラブに指揮官と自身との二者択一を迫るような形で、「目の上のたんこぶ」を取り除くことに成功したとも言われた。しかし、その後2年間チームを率いたロティーナ監督(現清水監督)のもとでも出場機会は減り、自分自身が変わる必要性を、ようやく感じ取ったのかもしれない。

 大阪で生まれて4歳で下部組織に入り、トップチームに昇格した16歳からC大阪の「顔」だった柿谷にとって、30歳を過ぎての移籍の決断は、たやすいものではなかっただろう。新天地で優勝という一つの到達点にたどりついたなら、少しはこれまで秘めてきた胸の内が聞けるのではないか。そんな期待をしながら、決勝戦を見届けるつもりでいる。(2017年C大阪担当・中村 卓)

 ◆17年のルヴァン杯決勝(17年11月4日、埼玉スタジアム) ともに初タイトルを狙うC大阪と川崎の対戦は、前半開始47秒に相手ミスを突いてC大阪FW杉本が先制点をゲット。尹晶煥監督がチームに植え付けた堅守で川崎の反撃を跳ね返すと、後半47分にカウンターからソウザのゴールでダメ押し。クラブ創設25年目で初タイトルを手にした。

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