エスペランサSCが関東1部に残留 指揮官はマラドーナとプレーした元アルゼンチン代表のオルテガ・ホルヘ・アルベルト氏

スポーツ報知
エスペランサSC

 神奈川・横浜市栄区に本拠を置くサッカーのエスペランサSCが、今季昇格した関東サッカーリーグ(KSL)1部に残留を決めた。24日に行われた流通経大との今季最終戦に5―3で勝利。昇格1年目を9勝4分け9敗(勝ち点31)で終え、存在感を示した。

 2003年に小学生対象のスクールから始まった同クラブ。トップチームは11年にできた。指揮官は元アルゼンチン代表、オルテガ・ホルヘ・アルベルト監督(60)。現役時代は国際Aマッチ3試合に出場し、同国の英雄、ディエゴ・マラドーナ氏(故人)ともプレーした。クリスチャンである同監督は02年に、本郷台キリスト教会(神奈川)から日本の少年自殺などの社会問題について話を聞き、「サッカーを通して何かできないか」と日本国内でクラブを発足させた。

 来日して約20年。ジュニア、ユース世代を通して一貫する、同監督の指導の軸は「情熱」と「コミュニケーション」、そして「努力」だ。勝利への「情熱」はチームの何よりの強み。「日本に来て感じた私の国との差は、パッションが足りないという点。こなすではなく、心を入れてやる。最終的には勝負にこだわらないといけないのです。その差は埋めるよう指導してきました。チームの実力や経済力はリーグの中でもトップではないけれど、ハートの強さは誰にも負けない」と力説する。

 教育面はもちろん、チーム強化に必要不可欠なのは選手とのコミュニケーションだ。グラウンドへの携帯電話の持ち込み、使用は禁止するという。「例えば一緒に座っていても、携帯を触っていれば横とのつながりはなくなってしまう。サッカーは11人がどうやってリズムに乗って試合をするかというスポーツ。ピッチの内外でもパッと相手を見て話せるようなコミュニケーションが必要で、そのためには相手や仲間を知らないといけない」と、その狙いを明かす。

 さらに、監督の三男で、主将を務めるMFアグスティンは言う。「父はいつも『もう少しできる』と言います。『マラドーナでさえ、1人で居残り練習をしていた』と」。指揮官の体験談が選手の向上心をたきつける。

 J3カターレ富山でのプレー経験があるFW古川頌久は現在、約250人のスクール生のコーチも務めている。「監督は、何をやるにも100%じゃないと気が済まない人です。仕事も一緒にさせてもらっているけど、妥協が一切ない。そういう環境にいられることは幸せ。トップチームは、次はJFL、その次はJ3を目指しています」と力強く今後を見据える。

 日々の練習は、クラブ自前の人工芝グラウンドで朝の2時間ほどだ。選手も人それぞれで、大学生は朝練習後に授業へ、社会人は仕事へと向かう。講義などとの兼ね合いで練習を途中で切り上げる選手もいる。そのような選手は、午後に下の世代に混ざって追加練習をすることもあるという。全員がプロ選手でない中、個別トレーニングやメンテナンスもできる範囲で行う。

 アスレチックトレーナーのオルテガ・パブロ・セバスチャン氏は、負傷した選手のケアにあたる。篠原毅郁トレーナーによれば「チームには、超音波治療器なども備えています」。今後は選手の体を支えるための施設などのハード面も、より充実させていく方針だ。

 これまで、Jリーグや海外クラブにもプロ選手を輩出し、日本代表の脇坂泰斗(川崎)も小、中学生時代に汗を流したエスペランサSC。トップチームの活躍が、クラブの更なる成長につながると信じている。オルテガ監督は「JFLにはあと2年でいきたい。その後2年以内に、J3」と目標を語る。日々、ジュニア世代の指導にあたる古川は「子どもたちのいいお手本になりたい」と力を込める。主将のレオナルドが「来年は、優勝しか狙っていない」と意気込む22年シーズンへ。チーム一丸となり、その情熱を燃やし続ける。

 ◆エスペランサSC 2003年「NPO法人サッカースクール・エスペランサ」として設立、野七里スクール開校。以降、鎌倉や多摩川にスクールを開き、現在ユース、ジュニアユース世代含め約350人のクラブ生を抱える。トップチームは16年にKSL2部、21年に1部に昇格。「絶対できる」がモットーで、エスペランサはスペイン語で「希望」の意味

 ◆オルテガ・ホルヘ・アルベルト 1961年2月3日、アルゼンチン・フフイ州生まれ、60歳。16歳でプロデビューし、アルヘンティノス・ジュニオールやバンフィエルドで活躍。88年~89年にアルゼンチン代表としてマラドーナらとプレーした。国際Aマッチ3試合に出場。

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