【駅ペン】仲間と刻んだ30年前の悪夢ー68回大会東洋大4年時に予選落ち

スポーツ報知
11位となり選手テントでレースを振り返る拓大(カメラ・堺 恒志)

◆報知新聞社後援 第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)予選会(23日、東京・立川市陸上自衛隊立川駐屯地内周回コース=21・0975キロ)

  箱根駅伝予選会の取材現場で大会プログラムを受け取ると、いつも私は第68回大会の記録を確認する。

 〈1〉早大〈2〉専大〈3〉法大〈4〉神奈川大〈5〉亜大〈6〉国士舘大(以上6校、本大会出場)〈7〉東洋大

 当時、私は低迷期にあった東洋大陸上競技部の4年生だった。その予選会にも出場した。「やっぱり、落ちているよな…」。結果が変わっているはずがないのに今年も確認してしまった。

 予選会において1位と2位には大差はない。しかし、ギリギリ通過と次点敗退には天地の差がある。予選会敗退から、ちょうど30年たった今も、あの日の悪夢をはっきり覚えている。

 1991年10月27日。当時、会場は大井ふ頭で、距離は20キロ。本戦の出場枠は15校でシード9校。予選会は6つの枠を争った。

 前年の予選会で、私は調子が良く、学内2位で東洋大の4位通過にそれなりに貢献した。しかし、本戦では3区14位でチーム最下位の敗因となり、またもや、大井ふ頭の戦いを強いられた。前年の成績を考えれば、チームの平均以上のタイムを出さなければいけない立場だったが、思うように体が動かず、予定より悪い位置でレースを進めていた。東洋大のピンチはさらに重なった。エース格だった同期の出水田洋が、私のわずか30メートルほど前をヨロヨロと走っていた(ちなみに彼は卒業後、日産自動車で競技を続け、同僚のトップランナー田村有紀さんと結婚。長女の真紀選手は実業団の第一生命で頑張っている)。

 「お前、そんな所で走っている場合じゃないだろ!」。自分のことを棚に上げて出水田に心の中で突っ込んだことをよく覚えている。結局、出水田は学内5位、私は学内6位。4年生がふがいなく、東洋大は45年ぶりに本戦出場を逃した。

 お互い、おじさんになり、OB会などで会うと(最近はコロナ禍でそんな機会がないが)「予選会で落ちたのは俺のせいでもあるけど、お前のせいでもあるからな」と言い合うことが常となっている。今でも東洋大の歴史に泥を塗った負い目があるし、後悔もある。それでも、30年たった今でも本音を言い合える仲間と同じ目標に向かって走った日々は懐かしく感じる。

 今回、拓大が11位で次点敗退した。今、拓大の選手、特に4年生は激しく落ち込んでいるだろう。でも、いつか、おじさんになった時、この日を懐かしく思う日が来ると思う。そう、あってほしい。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)

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