巨人軍の「生きた歴史」でもあった山中美和子さん…ラストアナウンス 番記者から「おつかれさまでした」

スポーツ報知
ラストアナウンスを行った山中美和子さん(読売巨人軍提供)

 巨人軍の主催試合で長年、場内放送を担当していた山中美和子さんが、きょうのヤクルト戦をもって、その職を離れた。1977年―というから、私が小学5年生の時から、放送係をしていた山中さん。その小学生が、もう55歳になるのだから、どれくらい長い時間、マイクの前に座っていたのかが改めて分かるというものだ。

 もう30年も昔の話で恐縮だが、巨人担当の若手記者として、ジャイアンツ球場に連日、ファームの取材に行き、イースタンの試合の放送を担当していた山中さんと顔を合わせた。

 当時のジャイアンツ球場のネット裏は「記者席」と言えるようなものはなく、そこかしこがささくれ立った長いすに座って試合を観るだけ。風など吹けば、グラウンドの土が「サーッ」と襲ってきて、それこそ顔中が真っ黒になるような、仕事場の環境としては劣悪なものだった。

 楽しみは、試合開始の前に、山中さんの話を聞くことだった。

 第1次政権時代の長嶋監督のエピソード、ファンを大切にする王監督の人柄のこと。中畑選手、原選手、江川投手の話、そして、報知新聞の先輩記者の数々の逸話…。当時の報知新聞は“巨人軍の機関紙”などと呼ばれており、報知の記者は、いわば身内扱い。ファームの選手用に用意した弁当の余りを分けてもらい、それをつつきながら、書籍などとは違う形で、巨人軍の歴史を山中さんから学ばせてもらった。

 これまで当たり前のように耳にしていた、球場内に響く山中さんの涼やかな声を聞くことができなくなるのは、本当に残念。特に、この2シーズンはコロナの影響で球場に足を運ぶことが出来なかっただけに、なおさらだ。

 山中さん。長い間、本当にご苦労様でした。これからは大好きな宝塚歌劇を鑑賞する時間が増えますね。

(92、96~98年巨人担当・名取 広紀)

巨人

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請