北澤豪と100万人の仲間たち<21>日本代表のバスにパイプ椅子が投げつけられ選手が2時間以上も閉じこめられた混乱の夜

スポーツ報知
W杯フランス大会アジア地区最終予選のホームでのUAE戦。呂比須ワグナー(右)が前半4分に先制ゴールを挙げるも、追いつかれてドローに。試合後、選手たちは5万人の大観衆からブーイングを浴びせられた(1997年10月26日、国立競技場)

 元サッカー日本代表、北澤豪氏(52)。波瀾万丈の競技人生を疾走し、現在は世界の子どもたちを支援する環境づくりを目指している。その軌跡とビジョンを、ノンフィクション作家の平山讓氏が独占取材。毎月10日と25日に記事を公開していく。

 「ドーハの悲劇」以来、4年間待ちに待った、ワールドカップ出場をかけたフランス大会アジア地区最終予選が始まった。北澤豪はしかし、その初戦を迎えるわずか10日前に日本代表を外されていた。自身の名がないメンバーリストを目にし、選考漏れの理由を加茂周監督のもとへ問いただしにいった。

 「加茂さんは外した理由ではなく、『今回の最終予選は長いから、いつかおまえが必要になるときが来る。準備しておいてくれ』と言ってくれたんです。僕にできるのは、その言葉を信じてコンディションを保っておくことだけでした」

 たしかに、前回大会のドーハでの集中開催方式からホーム・アンド・アウェー方式へ変更され、試合数が倍になった上に開催期間は2週間だったものが2か月半に及ぶ長期戦となった。Jリーグのセカンドステージが早期に終了すると、休むことなく気候のいい沖縄へと飛んだ彼は、自主トレーニングに励んだ。

自分のいない日本代表の試合をテレビで観戦し、そして一戦ごとに監督の言葉が現実味を帯びてくるように感じられた。初戦ホームでのウズベキスタン代表戦こそ、三浦知良の4ゴールなどで6対3と大勝した。だが第2戦のアウェーでのアラブ首長国連邦(以下UAE)代表戦をスコアレスドローとすると、そこから勝てなくなってしまった。第3戦のホームでの韓国代表戦は山口素弘のループシュートで先制するも、後半39分から2ゴールを許して逆転負けした。第4戦アウェーでのカザフスタン代表戦も、「ドーハの悲劇」を思いださせるタイムアップ直前の失点で1対1と引分けてしまった。

 「選手たちは加茂さんが求めることをしっかりやろうとはしていても、ボールを奪われないようにする安全なプレーばかりで、積極性とか、流動性とか、それに闘争心が感じられませんでした。特に中盤はアクセントになるようなプレーがなく、単調で、これ、俺が呼ばれるんじゃないかと思いましたから」

 カザフスタン代表戦後の翌朝、衝撃のニュースが沖縄に届いた。首位・韓国代表がホームでのUAE代表戦で3対0と快勝したことで、勝点差7に開いた日本代表の1位での予選突破の可能性がほぼ消滅した。これにより加茂監督が更迭され、ヘッドコーチの岡田武史が監督に昇格した。予選途中での監督交代劇は日本代表史上初めてのことだった。

 「戦いの途中での加茂さんの更迭は残念としか思えなかったですけど、まだワールドカップ出場を諦めてしまいたくはないなと。1位通過は難しくても、各組2位同士での第3代表決定戦なら可能性は十分にありました。だからいつ呼ばれてもいいように、まだ暑い沖縄で走りまくっていました」

 岡田新監督の初戦、第5戦のアウェーでのウズベキスタン代表戦は、前半30分に先制され、その後も得点できずに万事休すと思われた。だが試合終了間際、井原正巳のロングボールを呂比須ワグナーがヘディングで同点ゴールを決めた。首の皮一枚つながった引き分けの翌朝、ホテルのロビーに置かれていたスポーツ紙に北澤の目が止まった。まだ自身にオファーがないにもかかわらず、1面トップで「北澤復帰」との見出しが躍っていた。

 「それもどうかと思いましたけど、その後にサッカー協会の関係者から電話があって、『これから岡田監督から電話があるから』と。そして東京へ戻ると、岡田さんからかかってきたんです。その言葉に、何いってんだよと思いました。おまえが必要だからとか、おまえに来てほしいんだとか言われるのかと思ったら、『おまえを呼びたいと思っている。でも、自分で戦う決断をしない限り、これから先は戦える場じゃない。代表に来るかどうかは、自分で決めてくれ』と。こんな状況で選手に決断を委ねるなんて、どうなのかと。行きませんなんて選手、いるはずがないでしょ」

 「当たり前じゃないですか、行くに決まっていますよ」と即答し、次戦ホームでのUAE代表戦を前に国内で行われている日本代表合宿に合流した。早速、ホテルで選手一人ひとりの部屋をノックして挨拶して回ると、あまりの雰囲気の暗さに溜息が出る思いだった。

 「最終予選も佳境を迎えるというのにテンションが低くて、誰もが面白くないような感じでした。現状を訊(たず)ねてみても自分の意見を言ってくる若い選手はいないし、それに意外にもカズさんや井原さんも言葉寡(すくな)で、こんなんじゃこのまま最終予選が終わってしまうなと。新たに呼ばれた者として、なんとかしなければいけない。僕はもうみんなに嫌われてもいいから、バンバンものを言って選手たちに火をつけなきゃと。あえて揉(も)め事をつくってでも、この最悪の雰囲気を変えていこうと」

 自らがカンフル剤となるべく、選手と衝突することで奮起を促すという荒療治は、しかし効果がなかった。

 「移動バスの外で選手が会話していると、『早く帰ろうよ』と名波(浩)がぶつぶつ言っていたんです。後ろの座席からゼリー飲料の空き袋を頭にぶつけてやりました。言いたいことあるなら本人に言ってこい! というより、おまえも会話に加わってこい! って。でも反応は『ああ、すみません』だけでした。しまいにはキャプテンの井原さんに『おい、キー、やめろ』と止められました。止めるどころかあなたがやれよと思いましたよ。みんな淡々と自分のことをこなすのみで、チームの雰囲気を変えようとか、闘争心をよみがえらせようとか思っている選手なんていない。ドーハ時代のキャプテンの柱谷哲二の存在が大きく感じましたね。僕ばかりが吠えていて、まるでチーム全員と僕とで戦っているかのようでした」

 残るは3戦しかない。そのすべてに勝利しなければ、2位での第3代表決定戦進出すら危うくなる。しかも彼が初出場する10月26日の第6戦、ホームでのUAE代表戦は2位争いの直接対決で、勝点差は1。日本代表が勝てば2位に浮上できる大一番だった。

 満員の国立競技場、北澤は先発起用され、自身にとってはドーハ以来4年ぶりとなる最終予選に臨んだ。前線への飛び出しや、サイドバックのカバーなど、彼らしく精力的に広範囲を動きはした。だが周囲との連携がとれない場面が多々あり、ボールに触れる回数は多くなかった。

 呂比須ワグナーが前半4分に先制するも、前半37分に追いつかれると、そのまま追加点を挙げられずにドロー。結果、韓国代表の1位での本大会出場が決定するとともに、日本代表の自力による2位通過の可能性が消滅した。

 「やってしまったなと。練習で試していた中盤の連係が、試合ではまだ全然出せませんでした。勝つしかないわけだから、僕は積極的に攻めていきたかったし、周りにもそれを求めていたんですけど、まだテンポが遅く、意外性も新たな工夫も何もなく、ただボールを相手に取られないようにやっているだけという感じでした。試合直後、4年前のドーハのときとはサポーターの反応が全然違いました。5万人からのブーイングは、いまでも耳に残っています」

 試合後、日本の一部サポーターが暴徒化し、選手が乗るバスが駐車場の出入口で1000人ほどに塞がれた。空き缶や卵、パイプ椅子などがバスにぶつけられると、激昂したカズがサポーターと怒鳴りあうなど混乱した。車内に閉じこめられたまま約2時間も選手は身動きがとれなくなった。

 「バスの後方に座っていて、真ん中あたりの屋根や窓にものが当たる音が響いてきました。それまでは応援してくれていたサポーターが、初めて敵にまわったというのはショックでした。けれど、ただあの騒動で、選手たちの尻に火がついたんです。もし4年前みたいに『お疲れさま』と、ただ拍手されていたら、本当にあのまま終わってしまっていたんじゃないかな。ドーハの悔しさを知っている僕には、もうとっくに火がついていたけれど、他の年下の選手は、このときやっと本気でヤバいと思ってくれたんでしょうね」

 最終予選、残るは2戦のみ。ここから、遅れてきた彼と、日本代表の、怒濤の反撃が始まる。(敬称略)=続く=

 ◆平山讓(ひらやま・ゆずる) 1968年、東京生まれ。作家。ノンフィクションや実話を基にした物語を数多く手がける。主な著書は「ありがとう」(講談社/東映系にて全国ロードショー)、「ファイブ」(幻冬舎/NHKにてドラマ化)、「4アウト」(新潮社)、「パラリンピックからの贈りもの」(PHP研究所)、「中田翔 逃げない心 プロ野球選手という仕事」(主婦と生活社)など多数。

 〇…11月21日(10~16時)に開催される「ドナルド・マクドナルド・ハウス支援チャリティラン&ウォーク2021」に、北澤氏が大会アンバサダーとして参加する。「病気と闘う子どもたちとその家族を支援しよう」~つながろう 子どもたちの笑顔のために~をテーマとするイベントで、2㌔以上走行(歩行)できる人なら誰でも参加できる。開催時間内で好きな時にスタート、ゴールしてよく、場所も自由。マクドナルドで使用できるデジタルクーポンが参加賞となる。詳しくは公式HPで。北澤氏は「昨年に続いて今年もオンライン開催となりますが、“志”を同じくする全国の参加者の皆さんと生配信を通じてつながり、一緒に大会を楽しみ、ハウスを利用されている病気のお子さんとご家族にエールを届けたい」と参加を呼びかけている。

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