【箱根予選会】駿河台大が8位通過で悲願の初出場 徳本一善監督、31歳中学教師ランナー今井隆生ら男泣き

スポーツ報知
箱根駅伝出場を決めて胴上げされる駿河台大・今井隆生(カメラ・竜田 卓)

◆報知新聞社後援 第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)予選会(23日、東京・立川市陸上自衛隊立川駐屯地内周回コース=21・0975キロ)

 出場41校が上位10人のハーフマラソンの合計タイムで競い、上位10校が箱根駅伝本戦(来年1月2、3日)の出場権を獲得した。前回15位の駿河台大が8位で通過し、悲願の初出場を果たした。前回優勝の駒大はじめシード10校、予選会通過10校とオープン参加の関東学生連合の計21チームが新春の箱根路に臨む。

 予選会は例年、陸上自衛隊立川駐屯地をスタート、立川市街地を回り、国営昭和記念公園ゴールのコースで行われているが、昨年に引き続き、今年も新型コロナウイルス感染防止対策として、無観客で陸上自衛隊立川駐屯地内の1周約2・6キロの滑走路を周回するコースで開催された。各校14人以内の登録選手から当日に12人以内が出走。駿河台大ランナーは平たんなコースを舞台としたレースを勝ち抜き、2016年(予選会は15年10月)の東京国際大以来の初出場で、史上44校目の箱根駅伝出場校として名乗りを上げた。

 「8位、駿河台大学!」

 無観客の静かな会場に、正式発表のアナウンスが響き渡った瞬間、阪本大貴主将(4年)、埼玉県の中学校体育教師を休職して編入学した31歳の今井隆生(4年)ら駿河台大チームは、歓喜の雄たけびを上げ、熱い涙を流した。徳本一善監督は、その様子を、目に涙を浮かべながら、穏やかな表情でスマートフォンで撮影した。

 徳本監督は箱根駅伝史に残る伝説のランナー。法大時代に4年連続出場。1年時1区10位、2年時1区区間賞。3年時は2区2位でチームをトップに引き上げる活躍を見せた。しかし、4年時はまさかの暗転。2区をスタート直後に右足を痛め、7・6キロで地点で途中棄権を強いられた。大手町スタートから28・6キロ地点での途中棄権は箱根駅伝史上最短記録。箱根路で天国も地獄も味わった。箱根駅伝史上初めて茶髪とサングラスで疾走したとされる選手としても名を残す。

 個性あふれる指揮官は2012年に駿河台大監督に就任。年々、独自の強化策を編みだし、チームを上昇気流に乗せていった。

 一昨年からは夏合宿の最終日は午前中に現地を引き上げ、埼玉・飯能市のホームグラウンドでタイムトライアルを敢行。「合宿先で最後に追い込むと、そこで満足して、帰ってきてダラダラしてしまう。合宿の成果を次につなげるために最終日は飯能でポイント練習をします」と徳本監督はその狙いを明かす。

 指揮官の強化策はチームに浸透した。今年6月の全日本大学駅伝の関東選考会。1万メートルのレースを4組行い、各組2人計8人の合計タイムで7枠の本戦出場権をかけた戦いで次点の8位と健闘。伊勢路まであと一歩に迫った。主将の阪本は「昨年まで箱根駅伝は漠然とした目標でしたが、今は絶対に箱根駅伝を走る、という思いをチーム全員が持って取り組みました」と胸を張って話した。

 徳本監督が就任し、10年目。今季の駿河台大は個性的で、かつ、闘志あぶれるチームになった。その象徴が今井隆生だ。

 埼玉県の中学校体育教師だった今井は昨年4月、教員の「自己啓発等休業」制度を利用し、駿河台大の心理学部3年に編入した。「担任クラスの中で問題を抱えている生徒がいました。私なりに一生懸命アプローチしましたが、結局、生徒の力になってあげられなかった。教師として力不足を実感した。今まで勉強していなかった心理学を学んで、もっと生徒に寄り添える先生になりたいと思いました」と編入の理由を明かす。同時に、もうひとつ壮大な挑戦を決めた。

 今井は東京・大泉高時代は陸上部に所属し、箱根駅伝出場を目標としていたが、全国レベルに届かず、日体大に入学後はトライアスロンに転向した。「日体大時代はトライアスロンに全力を尽くしていたので、箱根駅伝への未練は全くありませんでした。4年生だった2013年には日体大が箱根駅伝に30年ぶりに勝った。クラスメートに優勝メンバーもいたし、素直にうれしかった」と振り返る。卒業後、実業団でトライアスロン選手として活動。走力を磨くために参加した陸上の練習会で徳本監督と知り合い、アドバイスを受けるようになった。

 2016年にトライアスロン選手として現役を引退し、埼玉県の教員に。体育教師、陸上部顧問を務めながら市民ランナーとして多くの大会に参加した。勤務先の中学校が駿河台大と近かったため、休日は生徒を指導した後、駿河台大で練習を重ねた。いつしか、箱根駅伝出場という夢を現実的に考えるようになった。「駿河台大で心理学を勉強して、箱根駅伝にも一緒に出場しようぜ」徳本監督の熱いエールが最終的に今井の背中を押し、かつて封印した夢に向かうことを決断した。

 駿河台大では不思議な再会もあった。

 6年前、埼玉・越生町の越生中学校。今井は体育教師として駅伝チームを指導していた。各部の俊足が集まったチームの中に当時バスケットボール部3年で、現在は同じ駿河台大駅伝部に所属する永井竜二(3年)がいた。年齢差はちょうど10歳。教師と生徒だった2人はチームメートとして同じ夢を追い続けた。

 突如、駿河台大駅伝部に加わった今井を永井は驚きを持って迎えた。「中学生の時、体育の授業は今井先生に教わっていた。今井先生と呼べばいいのか、今井さんと呼べばいいのか…最初は戸惑いがありました」と正直に明かす。しかし、一緒に走る日々が続くと「先生と生徒」の意識は薄れた。「よく思い出せば、中学時代も今井さんは生徒と一緒に走っていました」と永井は笑う。他のチームメートと同様に「今井さん」と呼ぶことにも違和感はなくなった。

 今井は、教え子との不思議な再会をうれしそうに語る。「中学生だった永井と大学でチームメートになるなんて想像できなかったけど、楽しい。ショボい姿は見せたくないし、絶対に負けたくないですね」

 この日、今井と永井は共に力の限り21・0975キロを走り抜け、箱根駅伝予選会突破という夢をかなえた。選手兼コーチの立場で仲間を鼓舞し続けた今井は駿河台大に欠かせない選手となり、この日も魂の激走で箱根駅伝初出場に大きく貢献した。

 「今井は31歳なのに、この1年でチームで一番、成長した。チームメートに与える影響は大きかった」と徳本監督は今井に最大限の賛辞を送った。今井は「今の僕があるのは徳本監督のお陰です。絶対に徳本監督を箱根駅伝に連れて行きたかった」と感謝した。

 来春、卒業し、教師に復職する今井にとっては今回がラストチャンスだった。予選会の直前、今井はしみじみと語っていた。

 「予選会が終わった後、滝のような涙が流れることは今から分かっています」

 努力と執念によって、それは、うれし涙となった。

 徳本監督にとっては、法大4年時の2002年以来、ちょうど20年ぶりの箱根駅伝参戦となる。2区の7・6キロで地点で止まっていた時間が再び動き出す。

 駿河台大。面白いチームが新春の箱根路を駆ける。

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