49周年、全日本プロレスの旗揚げ記念日と会場がクローズアップされない理由…金曜8時のプロレスコラム

スポーツ報知
10周年記念大会は1981年10月9日、蔵前国技館での開催だった(東京・新橋の「ジャイアント馬場バル」に展示されているポスター)

 「2021 Champions Night 2 ~全日本プロレス49周年記念大会~」が16日、東京・大田区総合体育館で1242人の観衆を集めて開催された。

 メインイベントの三冠ヘビー級選手権では、第64代王者のジェイク・リー(32)と元王者の宮原健斗(32)が60分時間切れ引き分けの死闘を繰り広げ、ジェイクが3度目の防衛に成功。第2試合の「2021旗揚げ記念シリーズ スペシャル8人タッグマッチ」には、初期のメンバーだったグレート小鹿(79)と渕正信(67)も参戦して元気な姿を見せた。

 毎年10月に「旗揚げ記念シリーズ」を開催している全日本プロレス。現在もシリーズ中で22日は神奈川・新百合トウェンティワンホール、31日には後楽園ホールで興行がある。

 同じく来年50周年を迎える新日本プロレスは、1972年3月6日に大田区体育館(現総合)で旗揚げし、今年も同日同会場で興行を開催し「3・6大田区」を盛り上げている。

 今回の全日本プロレス旗揚げ記念興行も大田区総合体育館での開催となったが、ここは旗揚げ会場ではなく、10月16日も旗揚げ記念日では決してない。全日本が旗揚げの日付と会場に執着していないことには訳があった。

 全日本プロレスの旗揚げ戦は、1972年10月22日に東京・日大講堂で行われた。旧両国国技館でもある日大講堂は、老朽化で1983年に解体されている。そして、その前日の10月21日には、東京・町田市立体育館で旗揚げ前夜祭という興行が開催されているのだった。創業社長でエースのジャイアント馬場は、旗揚げ戦でブルーノ・サンマルチノと世界ヘビー級タイトル争覇予選で戦ったが、前夜祭ではその前哨戦として、それぞれサンダー杉山、テリー・ファンクをパートナーに従え、タッグマッチを行っている。これこそ旗揚げ戦ではないのか。

 どんな状況だったのか。小鹿(当時は日本プロレス)も渕も入団前の話なので、当時の報知新聞で確認してみた。21日は、「旗揚げ興行“ジャイアント・シリーズ”前夜祭」、22日は「旗揚げ興行“ジャイアント・シリーズ”第1戦」と表記されている。観衆は3500人と6100人。

 記事によると「日本テレビのバックアップで開幕日だけは決まっていた」といい、21日の前夜祭が土曜8時枠で生中継されている。「シリーズの興行は、前夜祭を含めて全国各地で16日間」とあり、馬場社長も「プロモーターの応援で16日のうち10日は売り興行。商売上での不安はない」と説明している。そこからは日本テレビと地元プロモーターへの気配りが透けて見える。前夜祭前日の20日には東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピトルホテル東急)でレセプションが開かれたという。一般的にはこれが前夜祭で、21日が旗揚げ戦、22日が旗揚げシリーズ開幕戦というのが妥当な考え方だろう。だが、そこは歴史にさからわず、曖昧にしておくのが賢明だと感じた。

 レセプションで馬場社長は「いろいろありましたが、何とか旗揚げにこぎつけられました。ガラス張りの経営にもとづく住みよいプロレスを作りたい」とあいさつしている。その理念が50年後の全日本プロレスに受け継がれることを願う。(酒井 隆之)

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