【西武】松坂大輔、会見一問一答「最後に18番をつけさせてくれた球団に感謝しています」

スポーツ報知
横浜高校の後輩の近藤健介を相手に投球する松坂大輔(カメラ・池内 雅彦)

◆パ・リーグ 西武2―6日本ハム(19日・メットライフドーム)

 西武の松坂大輔投手(41)が19日、埼玉・所沢市内で引退会見と現役最後の登板に臨んだ。時折、涙を見せながらの会見では決断までの経緯や家族、松坂世代への思いを語った。約5時間後の日本ハム戦(メットライフ)では昨年6月7日・中日との練習試合以来、499日ぶりに試合登板。横浜高の後輩・近藤に対し、全5球で四球を与えた。打者一人に最後の力を振り絞り、最速は118キロだった。世界中を魅了し、国民的スターへと上り詰めた“平成の怪物”が現役生活に幕を下ろした。

 ―今の率直な気持ち。

 「選手は誰しもが、長くプレーしたい。こういう日がなるべく来ないことを願っている。今日が来てほしいような、来てほしくないような思いがあった」

 ―来てほしいというのは?

 「自分の体の状態もありますし、続けるのが難しい。僕自身が(7月7日に引退を)発表したものの、なかなか受け入れられなかった。揺れ動いているというか。(今日まで)3か月間、やれそうだなって思った日は一度もなかったです」

 ―決意が固まったのはいつ頃だったか?

 「球団に報告する1週間前。(5月から)2か月間ずっと、悩んでなんとか投げられるようになればと思ったけど、変わらなかった」

 ―相談は?

 「もう、難しいかもしれないって話は家族にはしてました。(涙をこらえ)だから会見したくなかったんですよね(笑い)。やめると決断して妻に電話した時、息子がいて、長い間お疲れさまでしたと言ってもらいましたし、たくさん迷惑をかけたけどサポートしてくれてありがとう、と伝えさせてもらいました」

 ―こみあげてくる涙の意味は感謝か。

 「一言で感謝と言ってしまえば簡単ですけど、簡単なものではなかった。いい思いもさせてあげられたかもしれない。家族なりにストレスもあったと思いますし、本当に長い間我慢してもらった」

 ―今、一番感謝を伝えたいと思うのは。

 「妻もですし、子供たち、両親も。これまで野球人生にかかわっていただいた、アンチのファンの方も含めて感謝しています」

 ―今後については。

 「家族との過ごす時間を増やしながら違う角度で野球を見ていきたい。野球以外にも興味のあることはたくさんあるのでチャレンジしていきたい。野球界、スポーツ界に何か恩返しできる形をつくっていけたら」

 ―自分からみた松坂大輔の評価。

 「長くやった割には、思っていたほどの成績を残せなかった。通算勝利も170個積み重ねてきましたけど、ほぼ最初の10年。肩の状態は良くなかったけど、さらに上乗せできると思ってました」

 ―印象に残っている試合、対戦は?

 「いろいろありすぎてなかなか、この人、この試合、この一球と、決めるのは難しい。見て感じるもの、記録に残るものは、人それぞれ違うので、『松坂あんなボール投げてたな』って、『あんなゲームあったな』って思い出してくれたらいいかな」

 ―背番号18への思いは。

 「小さい頃、桑田さんの背番号18が、ものすごくかっこ良く見えて。当時はエースナンバーって知らなかったけど、最初に受けた衝撃が残っていた。だから、プロで投手をやるなら18番をつけたいと思っていました。なにかと、18という数字にはこだわってきた。周りにいいかげんにしろって言われるぐらい、何でも1と8をつけたがる自分がいました。最後に18番をつけさせてくれた球団に感謝しています」

 ―ファンにはどんな姿を。

 「本当は投げたくなかったですね。今の自分の体の状態でどこまで投げられるのかってのもありましたし。もうこれ以上、ダメな姿を見せたくないと。引退をたくさんの方に報告させてもらいましたけど、やはり、最後ユニホーム姿でマウンドに立っている松坂大輔の姿を見たいと言ってくれる方々がいたので、どうしようもない姿かもしれないですけど、最後の最後、全部さらけ出して、見てもらおうと思いました」

 ―野球とは?

 「5歳から始め35年以上。人生そのものだと言えますし、本当にたくさんの方々に出会えて助けてもらってここまで生かされてきた」

 ―野球への思いが揺らいでしまったときは。

 「僕だけじゃなく、けがをしてる選手、結果の出ない選手は苦しいんですよね。周りの方が思ってる以上に。僕の場合は野球を始めた頃と変わらない楽しさ、野球が好きだという気持ちが消えないように戦っていた時期はあります。どんなに落ち込んでも、最後にはやっぱり野球が好き、まだまだ続けたい。後半はギリギリのところでやっていた」

 ―気持ちは今も変わらないか?

 「好きなまま終われて良かったです」

 ―プロの投手としてマウンドに上がる時に心がけてきたことは。

 「この23年間、あまり状態が良くなくて、投げたくない、代わってもらいたいって思う時期もあったけど、最後は逃げない、立ち向かう、どんな状況もすべて受け入れる。不利な状況もはね返してやる。必ずその気持ちを持って立つようにしていました」

 ―大舞台で力を発揮できない子どもたちにどんな助言を。

 「国際大会とか試合によっては、苦しい状況もあったんですけど、これだけの舞台に立てる自分をかっこいいって思えるようにしていた。積極的にそういう舞台に立ってもらいたい」

 ―やり残したことは。

 「西武に入団した時に東尾さんに200勝のボールを頂いたので、自分が200勝して、お返ししたかったなって一番先に思います。ちゃんと持ってます。200勝のボールは」

 ―家族からねぎらいの言葉は。

 「実際やめるよって言う前にも、もうそろそろやめるかもねって話した時は喜んでたんです。子どもたちは遊ぶ時間が増える、うれしいって言ってたけど、実際報告したときはみんな泣いてた。僕には分からない感情を持ってたかもしれない。それを知ってあらためて、感謝と同時に申し訳ないなって気持ちがありました。結婚するときも、批判の声だったり、たたかれることもたくさんあると思うけど、自分が守っていくからと、結婚してもらったんですけど、半分以上、それができなくて、ほんとに申し訳なく思います。妻は関係ないところでたたかれたりすることもあったと思うので大変だったと思います。そんなに気持ちの強い人ではなかったので本当に迷惑をかけた。ここまでサポートしてくれて、本当にありがとうございました、とあらためて言いたいです」

 ―一緒に過ごす時間が増えるが。

 「最近、庭で野菜を育てたりしてるので、みんなで楽しめてやっていけたらって思います。大したことじゃないかもしれないけど、そういうことをさせてあげられなかったので」

 ◆松坂 大輔(まつざか・だいすけ)1980年9月13日、東京都生まれ。41歳。横浜高時代の98年甲子園で春夏連覇を果たし、同年ドラフト1位で西武入団。99年から3年連続最多勝。2006年オフにポスティングシステムでRソックス入りし、08年に日本投手最多の18勝。13年途中にメッツに移籍し、15年にソフトバンクで日本球界復帰。18年に中日移籍し、20年から西武復帰。日米通算170勝108敗。182センチ、92キロ。右投右打。

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