張本智和、卓球日本勢最多6大会連続五輪に意欲 2040年大会に「37歳でも可能性ある」…インタビュー

 東京五輪の卓球男子団体で銅メダルを獲得した張本智和(18)=木下グループ=がこのほどスポーツ報知のインタビューに応じ、24年パリ五輪に向けた再出発への決意を語った。世界ランク4位の若きエースは、早ければ17日のTリーグで五輪後の初戦に臨む。復帰戦を前に初めて挑んだ東京五輪を振り返り、2040年五輪まで卓球の日本勢最多となる6大会連続出場を新たな目標に掲げた。(取材・構成=林 直史)

 張本が3年後のパリ五輪に向けて、再始動する。東京五輪後は休養し、8月下旬に練習を再開。今月のTリーグで実戦に復帰する。五輪メダリストとして、覚悟を持って戦う。

 「勝ち負けも大事ですけど、メダリストとしてのプレーを見せるのが今の自分の使命。今までで一番うれしい肩書がついたので、そこで簡単に負けると『本当にメダルを取ったのか』と思われてしまう。厳しい試合も諦めず、これからも五輪の気持ちで戦いたい」

 18歳で出場した初めての五輪は、怖さも感じた舞台だった。シングルスは4回戦敗退。世界選手権とも違った相手の気迫に驚かされた。試合前の待ち時間もいつも以上に長く感じた。重圧は準備段階から感じていたのかもしれない。「大会前から正直、状態が良くなかった」と打ち明ける。その一つの例が、ラケットの試行錯誤だったという。

 「3月頃からラケットのグリップに悩んで、それが続いてしまった。大会中に2本目を使ったこともなかったのに、シングルスの初戦から団体戦の最後までに4、5本替えて。試合の1分前まで決められなかったこともありました。ラケットの形は変わってないし、今までは気になったことがなかった。もっといいボールを打ちたい、五輪で絶対に勝ちたいと考えすぎてしまった結果、感覚がおかしくなったんだと思います」

 だが、団体ではエースとして活躍。銅メダルにこれまでにない喜びも感じた。五輪に魅了された18歳はパリはもちろん、28年ロサンゼルス、32年ブリスベン、さらにその先まで追い求める壮大な決意を明かした。

 「今は早くパリ五輪に出たい気持ちが強い。どの大会よりもプレッシャーはあるけど、勝った時の周りの反応や自分の達成感はレベルが違う。これが五輪だなっていう魅力を初めて知ったので、出ずにはいられないし、出られる限りは毎回出たい。年齢を考えた時に33歳の2036年までは絶対に出たい。37歳でも可能性はあると思うので、今の気持ちとしてはそこまでは目指したいなと思います」

 今後は第一線を退く水谷隼(32)=木下グループ=の後を託され、日本男子をけん引する立場にもなる。

 「水谷さんはベンチにいて一言かけてくれるだけで心強いし、勝っても負けても、戦いぶりを見ていると安心感をもらえる。そこまでいくと究極の選手なんだなと感じた。今の自分はまだ勝つことでしか貢献できないけど、水谷さんというお手本がいる。団体戦ではチームを引っ張る立場でいないといけないし、シングルスは常にどの日本人選手よりもいい結果を残さないとそういう目で見てもらえない。新しい戦いがこれから始まると思っています」

 ◆張本の東京五輪 シングルスは初戦の3回戦で林兆恒(香港)に4―1で勝利したが、4回戦でヨルギッチ(スロベニア)にフルゲームで敗れて16強。団体は準々決勝のスウェーデン戦に単複で勝利。準決勝のドイツ戦はシングルス2試合のエース起用で元世界1位のオフチャロフ、フランツィスカを破った。3位決定戦の韓国戦も張禹珍を下し、初戦から6戦全勝で銅メダルに大きく貢献した。

 ◆張本 智和(はりもと・ともかず)2003年6月27日、仙台市生まれ。18歳。2歳で卓球を始め、小学1年から全日本を世代別6連覇。16年世界ジュニア選手権優勝。17年世界選手権個人戦は史上最年少の13歳で8強。18年全日本選手権、ワールドツアー・グランドファイナルで最年少V。19年W杯準優勝。176センチ、65キロ。家族は両親と妹。

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