「一手の記憶」ー 室谷由紀女流三段インタビュー(下)

スポーツ報知

 以前から室谷由紀女流三段(28)はよく言っていた。「私は後悔をしないんです」「私は後悔だけはしたくないんです」。昨秋、自身初のタイトル獲得を逸した女流王将戦最終局での一手は大きな苦悩を生んだが、ずっと後ろ向きなままの「後悔」にはならなかった。もう一度、前を、上を向き始めた室谷に聞いた。(文・北野 新太、カメラ・矢口 亨)

 ―一度切れてしまった気持ちをもう一度つないで、張り詰め直すことは容易なことではないです。

 「特に何か大きなきっかけがあったというわけではないのですが、少し気持ちが将棋から離れてしまってから、半年くらい考えて考え抜いた時、自然と沸いて出てきたのは、やっぱり自分は将棋が好きだという単純なことでした。すごく当たり前のことですけど…。好きだから前を向こう、と思えました。もちろん、厳しい世界ですからすぐに簡単に戻れるものでもないし、今も苦しんでいます。でも、強くなりたいし、やっぱりタイトルを獲りたいという気持ちは無くなりませんでした。やるからには、女流棋士としてただ生き延びるのはイヤでした。こんな自分を応援して下さる方がいることにも背中を押していただきました」

 ―一緒にYou Tubeで「むろかんなチャンネル」を運営している鈴木環那女流三段の最近の活躍はどのように映っていたのでしょうか。プロ入りから20年近く経ってあれだけ成績を伸ばす人は珍しいです。

 「この1年くらい環那さんとは誰よりも会っていますけど、将棋に対する思いをいつも今まで以上に感じています。もともとものすごく才能のある方がこれだけの努力をしているのだから、不思議でも何でもなくて活躍するのは当然なのかなと思います。山口恵梨子さん(女流二段)も活躍されていますし、ABEMAトーナメントでチームを組んでいる伊藤沙恵さん(女流三段)と同門の石本さくらさん(女流二段)も。今、環那さんと3人で女流名人リーグの挑戦権争いをしているし、女流棋界は動き始めていると感じます。自分も頑張らなきゃいけないと思うし、まだ負けたくないなと思うようになりました」

 ―新設の白玲戦・女流順位戦での22位、来期C級スタートは実績からすると不本意な結果だと思います。西山朋佳女流三冠と渡部愛女流三段が戦った白玲戦第3局の現地を訪れていましたけど、現地ではどんなことを感じたのでしょうか。

 「間近で表情を見ていると、2人がどれだけ懸けてきてここにいるのかが伝わります。実力はもちろんですけど、人よりも思いが上回っていたからここにいるんだ、ということは強く感じました。自分には足りていなかったのかもしれません。もう第2期が始まるので、気持ちは高まってきています」

 ―後悔はせず、これからも後悔しないために生きていく、ということはずっと変わらない信条なのでしょうか。

 「迷っているのなら、まだ上を目指す気持ちがあるんだ、という昔からの気持ちに戻れたような気がしています。私は女流棋士を志したのも高校1年生の時で遅かったんです。でも育成会(女流棋士養成機関)に入ったのも、あとになって後悔だけはしないように、と思って決めました。女流棋士になって10年と少しですけど『まだ10年でしょ』とも、今は思います。比較するだけですごく失礼なのかもしれないですけど、いつもお世話になっている木村一基先生は、努力を続けられて46歳でタイトルを獲られました。すごく大切なことを教えていただいたと思っています」

 ―2014年、大阪から3年計画で上京して7年が経ちました。

 「東京に来てタイトル戦に出られるようになりましたけど、大阪にいたままならタイトルを獲るところまでいっていたかもしれないし、もっとダメだったかもしれないです。選択が違えば違う未来はあるんでしょうけど、全く後悔はありません。心は今もずっと大阪人で、数年前までは大阪から東京に来ていた感覚も強く残っていましたけど、もう自分の半分くらいは東京人になったのかもしれません」

 ―これからどのような思いで、何を目指していくのでしょうか。

 「ひとつ言えることは、もう人目を気にして生きることはやめよう、ということかもしれないです。例えば、なかなか結果が出ない時にユーチューブでの活動をしていたりすると、厳しい声を頂いたりもします。でも、今は気にするのをやめようって決めました。誰が何と言おうと、自分の思うままに生きようと思ってからはラクになりました。自分の人生をどう生きるかは自分で決めたい。時には賛否両論がある時があるかもしれませんけど、今はただ後悔しないように生きていきたいです」

 ―タイトルについて。

 「上を目指すのは将棋のプロとして当たり前のことで、目指さなくては存在感を失ってしまいます。ゆっくりした亀みたいな歩き方でも、いつかタイトルを獲りたい。戻って来られてよかったです」

 室谷由紀は最後にもう一度だけ「後悔しないように生きていきたいです」と言った。

 ◆室谷 由紀(むろや・ゆき)1993年3月6日、大阪府大阪狭山市生まれ。28歳。森信雄七段門下。6歳で姉とともに将棋を始める。同じ教室で一緒に腕を磨いたのが西山朋佳女流三冠だった。現在、2人はともに大阪狭山市観光大使を務める。中学時代、女流アマ棋界で活躍した後、2008年に女流育成会入会。10年、女流棋士に。14年に日本将棋連盟関西本部から東京本部に移籍。15年度の将棋大賞で女流棋士賞・女流最多対局賞受賞。16年度は女流最多対局賞受賞。タイトル戦は16年のマイナビ女子オープンで加藤桃子、16年と18年の倉敷藤花戦で里見香奈、20年の女流名人戦で里見、20年の女流王将戦で西山に挑戦したが、獲得ならず。鋭い攻めと的確な受けを武器とする振り飛車党。今期は8勝7敗。趣味はチワワの空(3歳)と陸(2歳)の世話。阪神タイガースの大ファン。

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