【プロレス今日は何記念日】1995年10月9日「新日本プロレスXUWFインターナショナル」全面対抗戦

スポーツ報知
新日本・武藤敬司(右)の足4の字固めがUWFインターナショナル・高田延彦に決まりギブアップ(1995年10月9日、東京ドームで撮影)

 王者の中の王者は武藤! 東京ドーム新記録となる6万7000人の大観衆を集めて行われたプロレス界初の全面対抗戦・新日本プロレスとUWFインターナショナルの決戦は新日本プロレスの5勝3敗に終わった。メーンイベントとして行われた新日・武藤敬司(当時32)とUインター・高田延彦(当時33)のエース対決は、16分16秒、足4の字固めで武藤が快勝。IWGP王座を防衛した。

 ほえた。我を忘れて武藤は絶叫した。「オレがIWGPチャンピオンだぁー」UWFインターナショナルのエース、高田を破った安らぎ、充実感、そして何より「新日本が一番」を証明した誇りがギッシリこの言葉に詰まっていた。最強を自負していたUWFのエースを破った武藤。団体が乱立するマット界の天下統一へ大きく動きだした。

 マットに立った瞬間、震えが止まらなかった、という。高田は得意のキック攻撃で2度ダウンさせたが、ほとんど武藤の一方的攻勢。最後は足4の字固めで高田を破った。その瞬間、派手なパフォーマンスはなかった。「勝ってホッとしたよ」自らの勝利で対抗戦の成績も5勝3敗と勝ち越し。控え室で浮かべた笑顔は本音だった。

 信念の勝利だった。「新日本プロレスのレスリングが最高だと思って戦った」84年4月に、入門した新日本プロレス。UWFの高田は84年、新日本プロレスのスタイルを否定することで成長した。それも、これで終わりだ。高田を破ったことでUWFつぶしと新日本スタイルの強さ、正当性を証明した。

 緊張感はスタンドも同じだった。ドーム最高の6万7000人の観客動員。そして、プロレス史上最高の8億5000万円興行。すべての記録を塗り替えた歴史的な戦い。前夜は巨人・原の感動的な引退式。「でも、盛り上がりは昨日以上ですよ。これほど、スタンドが一杯になったのは初めてです」と東京ドーム関係者はいう。

 スタンドは中学生や20代が中心。20%は女性という中で、第1試合からヒートアップ。戦いは若い世代の心を確実につかんだ。熱狂度は原引退を超えるほどだった。

 20団体近くが乱立するマット界。数の多さとは逆に黒字経営は新日本をはじめ全日本、リングスなどわずか。経営的危機のUWFインターは今回の対抗戦で1億6000万円(推定)というばく大なファイトマネーを得た。

 この夜の対抗戦は、プロレス界にこれからの行き方を示した、といえる。坂口征二新日本社長は言う。「これからは様々な団体が独自のやり方で新鮮なカードを提供していかないと生き残っていけない」。大成功に終わった新日本VSUWFの団体対抗戦。ニューヒーロー武藤の誕生。沈滞ていたプロレス界にこれ以上ない起爆剤となった。(福留 崇広)

 =スポーツ報知1995年10月9日掲載=

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