田中碧が森保ジャパン救った最終予選デビュー弾「日本がW杯に出ている姿を子供たちに見せられるように」

スポーツ報知
前半8分、ゴールを決める田中碧(カメラ・宮崎 亮太)

◆カタールW杯アジア最終予選▽B組第4戦 日本2―1オーストラリア(12日・埼玉スタジアム)

 東京五輪世代MF田中碧(23)=デュッセルドルフ=が、森保ジャパンの救世主となった。前半8分、ゴール前に進入して代表初ゴールとなる先制点をマーク。14年ブラジルW杯予選(12年6月)の栗原勇蔵以来、13人目の最終予選初出場初ゴールとなった。1―1の後半41分には途中出場のFW浅野拓磨(26)=ボーフム=が、オウンゴールを誘発する左足シュート。広島時代の恩師・森保監督の窮地を救った。

 導かれるようにゴール前へ走り込んだ。南野からのパスをペナルティーエリア右で受けた田中は、正確なトラップから右足を振り抜いた。「自分がやってやるという気持ちでした。点を取ることだけを考えていました」。小学3年生から川崎で培ってきた「止める、蹴る」の技術が詰まったゴール。J1デビュー戦でもゴールを決めた“持ってる男”が、最終予選初出場で初ゴールを挙げた。

 中盤のインサイドハーフで先発。球際の激しい守備でボールを奪えば、司令塔として前線にパスを供給。セットプレーでも正確なボールで好機を作った。「この試合が終わって引退してもいいやと思えるぐらい、後悔せずにプレーしようと思っていた」。試合終盤には足がつるほどピッチを縦横無尽に走り回り、チームを力強くけん引した。

 「僕はいつも負けからスタートする。だからこそ成長できる」と言うように、一歩ずつ階段を上がってきた。川崎のジュニア時代、2つ上に三好や板倉、1つ上には三笘がいた。当時監督を務めていた高崎康嗣氏(現新潟医療福祉大コーチ)は「碧はスタート位置は極端に下だった。でも努力できることや、人とつながれるところ、碧の持っているものがあった。こんなに変わるんだと、どんどん伸びていった」と振り返る。川崎のトップに上がってからも技術に優れる中村憲剛や大島僚太、ボール奪取が武器の守田から吸収し、攻守に貢献できる唯一無二のプレーヤーへ成長した。

 今夏の東京五輪では全6試合に先発。4強に入ったが、準決勝でスペイン、3位決定戦ではメキシコに敗れた。「敵が一枚も二枚も上手だった」と悔しさを味わった。その差を埋めるため、今夏にドイツ2部デュッセルドルフに移籍。課題だったゴール前に入っていく回数を増やすことに取り組んできた。その成果がこの大一番で表れた。

 スタジアム入りする前、代表のユニホームを着た子供が自分たちのバスの写真を撮っている姿が目に入った。「日本がW杯に出ている姿を子供たちに見せられるように、必ず勝っていきたい」。背番号17が日本の夢をつないだ。(井上 信太郎)

 ◆田中 碧(たなか・あお)1998年9月10日、川崎市生まれ。23歳。さぎぬまSCから小学3年で川崎の下部組織に入団。ジュニアユース、ユースを経て17年にトップチーム昇格。19年に新人王に相当するベストヤングプレーヤー賞を受賞。20年には31試合出場5得点でベストイレブンに選出された。21年6月にドイツ2部デュッセルドルフに期限付き移籍。19年12月に東アジアE―1選手権の香港戦でA代表デビュー。177センチ、69キロ。

 ◆W杯最終予選デビュー戦ゴール 中山雅史の1994年米国大会最終予選イラン戦、三浦知良の北朝鮮戦、98年フランス大会最終予選ウズベキスタン戦の中田英寿、2010年南アフリカ大会最終予選バーレーン戦の中村憲剛など。田中碧は13人目。

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