柳家小三治さん悼む 小細工なしの名人芸「粗忽長屋」思いっきり笑わせてもらった

スポーツ報知
柳家小三治さん

 人間国宝の落語家・柳家小三治(やなぎや・こさんじ、本名・郡山剛蔵=こおりやま・たけぞう)さんが7日に心不全のため都内の自宅で亡くなったことが10日、分かった。81歳。故人の遺志でこの日、近親者と直弟子ら約20人で密葬を済ませた。喪主は長男の郡山尋嗣(こおりやま・ひろつぐ)氏。お別れ会の予定はないという。小三治さんは5代目・柳家小さんさんに入門。早くから頭角を現し、柳派の正統派として話芸を極めた。

 時折見せる、はにかんだような笑顔が印象に残っている。5月21日、2か月ぶりの高座復帰となる兵庫県立芸術文化センター・阪急中ホール「柳家小三治・柳家三三 親子会」を取材した。楽屋からの帰り際、小三治さんは「一生懸命やりすぎました」。照れ笑いのような表情が忘れられない。

 その時の「粗忽(そこつ)長屋」は絶品だった。八五郎が行き倒れの死体を見て、同じ長屋に住む親友の熊五郎だと言い、確認するため当人を連れてくるという。オーソドックスな演出にある状況描写などは少なく、2人以外の登場人物のセリフもほぼない。2人の会話だけで進むが、お互いの関係やその情景がパッと浮かぶ。いろいろなものをそぎ落とした上で到達した芸に、思いっきり笑わせてもらった。

 若き頃、師匠の5代目・小さんさんに「お前のご隠居さんと八つぁんは、仲が良くねえな」と言われたという。その短い言葉の答えを探す修業だったのかもしれない。当時の勢いのある小三治さんの芸はCDなどの音源でしか知らないが、寄席で出会った「小言念仏」などは、おかしみの中に、主人公の人生も浮かび上がってきた。

 落語家は定年がない職業だと言われるが、老いとの闘いでもある。7月にCD発売で取材に応じた際には「今自分の持っている考えや人間性がどんどん出てくる。新しい自分がどこか出てくるんじゃないかと希望が出てきた」と語っていた。それを楽しみにしていたが、突然の訃報。まさに「粗忽長屋」の熊さんのように天国で「死んだ心持ちがしねえ」と言っているのではないだろうか。

 09年にドキュメンタリー映画「小三治」の公開記念トークショーでの親友の入船亭扇橋さん(2015年死去)とのトークは、まるで「長短」のようだった。これから、小三治さんの高座に出会えなくなるのは寂しいが、天国での親友との会話を想像するのも楽しい。その時は、また照れたような笑顔を見せるのだろう。(高柳 義人)

 ◆柳家 小三治(やなぎや・こさんじ)1939年12月17日、東京都新宿区生まれ。都立青山高校卒業後、59年3月に5代目・柳家小さんさんに入門。前座名「小たけ」で初高座。63年に二ツ目に昇進し「さん治」と改名。69年に17人抜きで真打ち昇進。10代目・柳家小三治を襲名。10年6月から14年6月まで落語協会会長。2005年に紫綬褒章、14年に旭日小綬章受章、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。家族は妻と1男2女。次女は文学座の女優・郡山冬果。

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