落語家の人間国宝・柳家小三治さんが7日に心不全で死去、81歳

スポーツ報知
柳家小三治さん

 落語家・柳家小三治(本名・郡山剛蔵=こおりやま・たけぞう)さんが7日、心不全のため亡くなっていたことが10日、分かった。81歳だった。2014年に落語家としては師匠の5代目・柳家小さん、上方の桂米朝に続く3人目の人間国宝の認定を受け、15年の米朝亡き後は唯一の存在として、“名人芸”を披露していた小三治さんが天国へと旅立った。

 小三治さんは、高校卒業後の1959年に5代目・柳家小さんに入門し「小たけ」を名乗る。天才肌で早くから頭角を現し、63年に二ツ目に昇進し「さん治」。二ツ目時代からテレビ番組のレギュラーを持つ売れっ子となり、69年に17人抜きの抜てきで真打ちに昇進し10代目・柳家小三治を襲名した。その後は落語中心の活動となり、寄席や独演会で活躍。「チケットの取れない落語家」の元祖とも言える存在だった。

 滑稽噺を中心に柳派の正統派としての評価を受ける一方で、ひょうひょうと自身の経験談などを語る「まくら」が注目を集めた。まくらをまとめた本が出版されるなど、幅広い活躍を見せた。

 2010年からは落語協会の会長を2期4年務めた。春風亭一之輔、古今亭文菊ら有望な若手を抜てきして真打ちに昇進させるなど、落語界の活性化に力を注いだ。

 また、オートバイ、オーディオ、スキーなど多彩な趣味を持ち、専門家顔負けの知識量を誇った。

 晩年は病気と戦う日々だった。長年、リウマチを患い、17年には頸椎(けいつい)を手術。21年には腎機能の治療のため入院したが、復帰。病院を一時退院し落語会を行うことも数知れず。それでも高座に上がることにこだわり続けた。

 昭和、平成、令和と時代を越えて活躍し続けた小三治さん。落語に向き合い生涯をささげた名人が、人生の幕を下ろした。

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