【ドラフトの記憶】熱望の巨人1位に目を潤ませた慶大・大森剛 指名待つ“大物クン”の意外な素顔

スポーツ報知
ダルマにG帽子をのせてガッツポーズの慶大・大森剛

 目玉と言われた野茂英雄投手(新日鉄堺)を8球団が1位指名した1989年のドラフト。“野茂フィーバー”に次いで注目されたのは、巨人へ熱烈ラブコールを送った左右の超スラッガー、左打者の大森剛内野手(慶大)と右打者の元木大介内野手(上宮高)だった。

 入社2年目のアマチュア野球担当だった記者は、東京六大学野球リーグ戦から大森をマークしていた。

 同年11月26日のドラフト当日のスポーツ各紙の巨人の1位予想はすべて「巨人以外は拒否」と表明していた“甲子園のスター”元木。しかし、巨人・藤田元司監督が決断した1位は“神宮の華”大森だった。

 指名の瞬間を、横浜・日吉の慶大野球部合宿所で迎えた大森。かすかにうるんだ目で10秒、20秒とテレビ画面を見つめてから、「1位しか行かないとは言っていたけど、正直言って(1位指名は)来ないと思っていた。言葉にならないほどホッとした」と話し、ようやく笑顔を見せた。

 慶大では2年春から不動の4番、3年春には打率5割、6本塁打、16打点でリーグ史上6人目の3冠王を獲得、東京六大学通算17ホーマー、88年ソウル五輪の銀メダル(公開競技)にも貢献。自身も認める“ビッグマウス”の有言実行で結果を残してきた。

 そんな大森には、187センチの長身もあいまって、腹のすわった大物感が漂っていた。しかし、実際は見かけによらない繊細な面もあった。

 ドラフト前夜は野球部の友人2人と自宅の部屋で午前3時まで飲み明かし、ふとんに入った後も朝5時ごろまで話し続けたという。「眠れなかったり、早く目が覚めたりすると嫌だから」と明かした。

 合宿所で指名を待つ間も緊張は続いていたようで、何度も席を立ってトイレへ向かっていた。そんな“大物クン”の姿には、記者の弟と年齢が近かったこともあり、“弟”の将来を心配する“姉”ような気持ちになったことを覚えている。

 同年のドラフトは“豊作”と言われ、近鉄入りした野茂以外にも横浜大洋(現DeNA)の1位が大リーグでも活躍した大魔神・佐々木主浩投手(東北福祉大)、広島の1位は現監督の佐々岡真司投手(NTT四国)、ヤクルトの2位は古田敦也捕手(トヨタ自動車)、西武の1位はコーチや2軍監督もつとめた潮崎哲也投手(松下電器)、ロッテの1位はエースとして活躍した現早大野球部監督の小宮山悟投手(早大)と華やかだった。

 元木はダイエー(現ソフトバンク)から1位指名されたが入団せず、90年ドラフトで巨人の1位指名を受けて入団した。(高根 紋子)

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