【ドラフトの記憶】1位候補からまさかの指名漏れ…”紀州の剛腕”落合秀市の「もう野球はいいです」騒動

スポーツ報知
和歌山東時代の落合秀市投手

 よもやよもやの1日だった。2019年10月17日、先輩記者からの指令を受けて、私は和歌山東高へと向かった。お目当ては最速148キロ(当時)を誇る落合秀市投手だ。投げているところを生で見たことはなかったが、185センチ、90キロと恵まれた体格で、和歌山大会には日米10球団のスカウトが集結したというすごい選手らしい。

 先輩記者からのメモには、あるスカウトが「潜在能力は高校BIG4(佐々木朗希=大船渡、現ロッテ=、奥川恭伸=星稜、現ヤクルト=、西純矢=創志学園、現阪神=、及川雅貴=横浜、現阪神=)に匹敵する」と評価したことも書かれていた。それなら指名は間違いないだろう。

 あとは順位だ。実はその日、人手が足りず、和歌山東高で落合の指名を見届けた後、近くの智弁和歌山高に移動するよう言われていた。スムーズな移動のためにも、落合の上位指名は私の”願い”でもあった。

 ドラフト会議までまだ2時間もあるというのに、和歌山東高の校内に設けられた控室には、テレビカメラ4台を含む多くの報道陣が詰めかけていた。その中にいた他紙の記者からは「メジャーのスカウトも来てたらしいな。外れ1位で(指名が)あるらしいで」という話も聞いた。もし巨人が1位で指名したら…?その時は確実に一面だ。どんな原稿を書こうか。ドラフトが始まるまでの時間、考えを巡らせた。

 そしていよいよドラフト会議の幕が開けた。学校側の配慮で、校長室で指名を待つ落合と米原寿秀監督(当時44)の姿を少しの間撮影させてもらえた。落合の表情はかなり硬かったが、指名されればとびっきりの笑顔が撮れるはず。だからこの写真が世に出ることはないな、そう思いながらシャッターを切った1枚が、その日の夜のyahooトップを飾ることになるなんて、このときはまだ思ってもいなかった。

 1巡目、落合の名前は呼ばれなかった。抽選が終わり、外れ1位の選手が呼ばれるたびにドキドキしたが、結局噂されていた1位指名はなかった。でもきっと上位で指名する球団があるはず。私はパソコンの向こう側で行われているドラフトの様子を全集中で見つめ続けた。2巡目、3巡目、4巡目…なかなか「その時」はやってこない。

 最初は張りつめていた報道控室の空気もだんだんと緩んできた。どこからか「これ指名なかったりして?」という声も聞こえてきた。

 次こそ呼ばれるはず!を何度も何度も繰り返し、とうとう支配下の指名が終わってしまった。もともと「育成から這い上がる根性はない」という理由から支配下での入団を希望していた落合。そのため事実上、落合のドラフトはここでゲームセットとなってしまった(その後育成での指名もなし)。

 予想外の事態にザワつく報道控室。ドラフト開始から約2時間が経過し、外は真っ暗になっていた。

 少し経ってから、落合の代わりに米原監督が取材に応じた。今後は大学に進学して野球を続けるのだろうか? それとも社会人? そんな安易な考えは米原監督の「野球を辞めて就職します。あっさりした子なので『もういいです』と言っていました」という言葉で打ち砕かれた。

 ドラ1候補がドラフト当日にまさかの引退宣言…。聞いたことがなかった。指揮官が「(落合は)ちょっと拗ねていましたけど、大化けするかダメになるか、環境で変わる子なので、結果的に彼にとってはこれが良かったのかもしれません」と穏やかな表情で話すのを見て、落合の決意は固いのだと感じた。

 その後の智弁和歌山での取材は免除となり、私は落合の今後についての記事をネットにアップした。実はこの前年も取材に行った現場で指名がなかった。2年連続での指名漏れになんだか申し訳ない思いもあった。

 指名を受け、喜ぶ選手の声がスポーツニュースの大半を占める中「もういいです」という言葉は読者にとってもセンセーショナルだったのだろう、時間とともに注目度は上昇。記事の閲覧数もどんどん伸び、翌日にはこれまで一度も褒められたことのないデスクから褒められるというよもやの事態まで起きた。

 ドラフトが終わり、落合は周囲の説得もあって引退を撤回、独立リーグ・兵庫ブルーサンダーズ(現神戸三田ブレイバーズ)への入団を決めた。入団会見を欠席するなどのひと悶着はありつつも、独立リーグから再びNPBを目指すことを表明。2020年春に別の取材でたまたま落合の練習風景を見る機会があったが、ドラフト当日に見た硬い表情とは違い、楽しそうにプレーしていたことが印象に残っている。

 今年からは同じ独立リーグの06BULLSに入団、しかし6月で退団してからの足取りは追えていない。何があったのかは分からないが、ドラフトを迎えずに退団というのは落合らしい潔さだなとも感じた。

 そして今年もまた運命の1日がやってくる。選手一人一人、きっとさまざまなドラマがあることだろう。ただふと思うのは落合の「もう野球はいいです」以上の衝撃には今後もう出合えないのではないか、ということ。それぐらい2019年のドラフトは私にとってかなりのインパクトとして記憶されている。(大阪編成部・筒井 琴美)

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