【ドラフトの記憶】情報統制のもと進められた「坂本勇人外れ1巡目指名」

スポーツ報知
光星学院時代の坂本勇人

 2006年9月23日付スポーツ報知の3面には大きな見出しが躍っていた。

 「巨人外れ一巡 広陵・吉川 瀬戸内・延江」

 同25日に行われる高校生ドラフトで巨人が1巡目候補に挙げていた駒大苫小牧・田中将大投手、愛工大名電・堂上直倫内野手の複数球団競合は必至。もし入札で外した場合は、将来性十分の左腕コンビを狙うとスカウト部長が明言した、という原稿だった。

 これが「運命の日」のわずか2日前の出来事である。

 この年の巨人は、当時の球団フロントの方針により情報統制を徹底していた。例年なら「あそこの球団は〇〇選手を狙っている」なんてウワサ話が続々と聞こえてくる夏場になっても、一向に様子が伝わってこない。毎日のように球場で顔を合わせる巨人のスカウト陣も「上から何も話すなって言われてるんだよ」と、そろって口が重くなっていた。

 だからといって、私たち記者まで「分かりません」では済まされない。スポーツ報知の読者にとって、ドラフト会議で球団がどんな選手を指名するのかは大きな関心事。それと同時にアマチュア野球担当記者にとっては、ドラフト会議とは1年間の取材の成果を試されるテストの日なのだ。

 真偽のつかめない情報に日々振り回される一方で、巨人が光星学院・坂本勇人内野手のところにあいさつに行った、という情報を後輩記者が入手した。彼によれば、なぜか担当スカウトではなく別の地区を担当するスカウトが学校を訪ねたという。よくわからないけど、なんか怪しい。そんな思いがふくらんだ。

 坂本は3年春に甲子園に出場し3安打1打点の活躍も、チームは1回戦敗退。プロ注目の好選手ではあったが、同じく遊撃手の堂上や高校NO1右腕の田中、早実・斎藤佑樹投手らに比べると、知名度では劣っていた。

 主力野手の高齢化が進み、どうしても野手を獲得したかった巨人は、田中ではなく堂上指名にシフトした上で、さらに他球団の横やりが入らないように最後まで坂本の名前を伏せ、12球団の指名が完了するまで、ある意味“隠し玉”のような存在であってほしいと願いながら状況を見守っていた。

 冒頭のように直前に情報操作し、周囲をかく乱してまでも確実に欲しい。裏返せばそれは巨人の「金の卵」獲得への執念だったのだろう。

 おそらくドラフト会議前日だったか、あるスカウトから「外れ1巡目は野手」と聞き、坂本狙いだと確信した。本来なら「巨人、外れ1巡目に光星学院・坂本」という原稿を出して読者に伝えるべきだったが、さまざまな思惑が絡み合って出稿を取りやめた。指名予想一覧表の外れ1巡目の欄に「坂本」と入れたのが私たちのせめてもの意地だった。

 ドラフト会議当日は1巡目指名の堂上を3球団競合の末にくじで外し、外れ1巡目で坂本を指名。原監督は「将来を見据えて野手を補強の第1ポイントにしました」と、ほぼ予定通りの指名に満足げだった。坂本の外れ1巡目指名を的中させたのは、スポーツ6紙の中でも少数派だったと記憶している。

 球団内では「なんで報知に坂本の名前が出ているんだ?」と犯人探しが行われたとも聞いたが、巨人キャップからは「よく分かったな。この状況でたいしたもんだよ」とお褒めの言葉をいただいた。

 入団後の坂本の活躍は語るまでもない。日本球界を代表するスター選手になるなんて、当時はまったく思いもよらなかった。もちろんこれは本人の才能と努力の賜物だが、なりふり構わずに坂本獲得に成功した巨人もまた、ドラフト会議という1年に1回のテストに合格した「勝ち組」だった。(2006年アマチュア野球担当・河井真理)

巨人

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