【巨人】水野雄仁氏がスカウト部長に就任 長嶋さんも認めた眼力とは 11日ドラフト会議も出席へ

スポーツ報知
14年3月、甲子園球場で試合を観戦する、池田高OBの水野雄仁氏

◆JERAセ・リーグ ヤクルト3―0巨人(6日・神宮)

 巨人・水野雄仁スカウト部参与(56)がスカウト部長に就任することが6日、分かった。7日にも正式に発表される見込み。球団において同職は、20年4月のスカウト体制の一部変更から空位が続いていたが、約1年半ぶりに“復活”することになる。水野新スカウト部長は11日に行われるドラフト会議にも出席予定。19、20年はコーチを務めていたことから1軍レベルを熟知し、現場ともコミュニケーションを密に図れるのも強みになる。水野氏率いる新スカウト体制で、金の卵の獲得に全力を注ぐ。

 アマチュア選手にとって“運命の日”となるドラフト会議直前に、巨人が新スカウト体制で臨むことが判明した。水野氏が20年4月以降は空位となっていたスカウト部長に新しく就任する。今季はスカウト部参与として熱心にアマチュア野球の視察を重ねていただけに、新体制への移行に障害は全くない。来季の戦力整備へ最重要なドラフト会議に、盤石の態勢を敷く。

 水野氏は第3次原政権が始まった19年に1軍投手コーチに就任する形で18年ぶりに巨人に復帰。チームの5年ぶりとなるリーグ優勝に貢献した。20年は巡回コーチを務めながら、4月からはコーチ業と兼務する形でスカウト活動も展開。21年からコーチ業を離れ、現職に就いていた。

 “1軍の現場”レベルを熟知する水野氏に期待されるのは、金の卵をジャッジするシビアな目だ。その眼力はミスターも一目置く。01年、巨人で投手コーチを務めていた際に長嶋監督の命を受けて、当時のドラフトの目玉の1人だった青学大・石川(現ヤクルト)の極秘視察に赴いたこともある。好素材であることを認めたが、球団が将来性豊かな高校生投手への指名を決めたことで獲得には至らず。ただ、その後の石川の活躍は語るまでもない。

 そして豊富な経験を基にした、選手の本質を見抜く力だ。自身も徳島・池田高時代には2年夏から3季連続で甲子園に出場。「阿波の金太郎」の異名を取り、大フィーバーを巻き起こした。82年夏は山びこ打線をけん引し、83年春はエースとして当時史上4校目となる「夏春連覇」を達成した。超高校級のスターとして甲子園を沸かせたからこそ分かる、精神力の強さを含めた次代のスターになれる素材の発掘に期待がかかる。

 水野氏は既に5日にG球場で行われたスカウト会議にも出席し、各球団の指名シミュレーションなども交えながら約1時間半にわたって戦略を練った。11日のドラフト会議にも出席する予定。大塚副代表は「1位、2位は投手でいきたい」と補強ポイントを明かしているが、将来有望な高校生か即戦力重視かは、直前まで熟慮を重ねる方針だ。水野氏率いる新スカウト体制として、いい船出を飾りたい。

 ◆水野 雄仁(みずの・かつひと)1965年9月3日、徳島・阿南市生まれ。56歳。池田高では「阿波の金太郎」のニックネームで親しまれ、82年夏の甲子園、83年春のセンバツを連覇。83年夏も4強。同年ドラフト1位で巨人入り。通算265試合で39勝29敗17セーブ、防御率3.10。96年に現役を引退。98年にはドミニカ・ウィンターリーグへ。その後はパドレスの春季キャンプにも参加。99年から2001年まで巨人1軍投手コーチを務め、19年に1軍投手コーチで復帰。20年は巡回投手コーチ、21年はスカウト部参与。179センチ、82キロ。右投右打。

◆巨人の近年のスカウト部長と主な獲得選手

 ▽末次利光(95~05年) 98年8月にスカウト部が編成部と統合となり、スカウト部長から編成部長に。編成部参与を経て05年にスカウト部長。阿部慎之助(00年)や亀井義行(04年、現・善行)らを獲得。

 ▽山下哲治(06~16年) 坂本勇人(06年)や小林誠司(13年)、岡本和真(14年)、吉川尚輝(16年)ら、現在、主力として活躍している選手を多く獲得。

 ▽岡崎郁(17~18年10月) 05年にヤンキースのマイナーにコーチ留学後、06年巨人に2軍打撃コーチで復帰。その後1軍ヘッドコーチや2軍監督を歴任し、17年に就任。同年ドラフトで大城卓三、若林晃弘らを獲得。

 ▽長谷川国利(18年10月~20年4月) 18年ドラフトで高橋優貴、戸郷翔征らを獲得。19年は堀田賢慎をはじめ高卒を中心に指名した。20年4月1日付で編成本部付部長へ異動となって以降、球団はスカウト部長を置いていなかった。

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