車いすバスケ日本代表の豊島英が現役引退を表明…東京パラで銀「最幸の車いすバスケ選手人生でした」

スポーツ報知
豊島英

 東京パラリンピック車いすバスケットボール日本代表の豊島英(あきら、32)=宮城MAX=が3日、自身のインスタグラムで現役引退を表明した。

 これまでは1988年ソウル大会と08年北京大会の7位が最高成績だったが、東京大会では決勝戦で米国との熱戦を繰り広げた。60―64で敗れたものの、王者をあと一歩のところまで追い詰め、史上初の銀メダルを獲得した。

 福島・いわき市生まれの豊島は、生後4か月で髄膜炎を発症し、両下肢機能全廃の障がいが残る。福島・平養護学校2年で車いすバスケットと出会い、福島・平商高を卒業後は東京電力に入社。11年3月11日に起きた東日本大震災では福島第1原発の事業所内で被災した経験を持つ。

 その後は16年にWOWOWに入社し、宮城MAXでプレーし全日本選手権3度のMVPを獲得。ポジションはガードを務め、ロンドン、リオ、東京と3大会連続でパラリンピック出場を果たした。今後については未定。車いすバスケ界の“レジェンド”が静かにコートに別れを告げた。

 

 以下、原文まま。

 皆様にご報告があります。

 私はTOKYO2020パラリンピック競技大会を最後に、車いすバスケットボール選手を引退いたします。

 2003年から18年間、車いすバスケを続けてこられたのは、私に関わってくださった皆様の理解とサポート、応援があったからです。そして何より、やっていて楽しかったからです。

 2010年に日本代表に初選出され、それから11年間、日の丸を背負わせていただきました。日本代表としてプレーできたのは、TEAM EARTHと宮城MAXで基礎を学び、たくさんの選手と出会い、競争するチャンスをもらえたからです。岩佐ヘッドコーチ、及川ヘッドコーチ、京谷ヘッドコーチに選んでもらえたことで、世界で勝つことの難しさや楽しさを知ることができました。

 TOKYO2020大会での私の目標は、「盛り上がった会場で、メダルを獲る」でした。

 会場は無観客になってしまいましたが、日本中が盛り上がり、メダルを獲ることができました。本当に言葉にならないほど嬉しく、幸せです。

 目標を達成したから引退するのではなく、前々から決めていました。

 実は、前回の天皇杯(2019年)も自分にとって最後の天皇杯と決めて出場していました。その時は、怪我をしていて練習もできていませんでしたが、後悔しないようにと無理やり出場しました。日本代表では長期間、何度も練習に参加できない時期があり、迷惑をかけることが多くありました。しかし、たくさんの方のサポートがあり、これまで騙し騙しですが何とか続けてこられました。私の身体は限界に近づいてきており、選手として終わるタイミングだと考えるようになりました。日本代表も宮城MAXもトップを目指すチームである以上、中途半端な気持ちではできないという答えにたどり着きました。

 また、日本の車いすバスケの環境や制度をより良くし、後輩やこれから車いすバスケをはじめる人のために何かできないか、というような事を考えるようになってきました。

 今後の進む道は決まっていませんが、少しずつ新しい扉を開いていきたいと考えています。

パラスポーツ、車いすバスケットボールを一緒に盛り上げていきましょう。

 最後に、これまで応援していただきまして本当にありがとうございました。

 とても充実した最幸の車いすバスケットボール選手人生でした。

 2021年10月3日 豊島英

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