【阪神】引退表明の岩田稔、転機は2年目オフの長男誕生…キャリア60勝は全て父親になってから

スポーツ報知
引退会見で涙する岩田稔

 阪神・岩田稔投手が1日、西宮市内のホテルで会見に臨み、今季限りでの現役引退を表明した。2005年のドラフト希望枠で入団し、08年にはプロ初勝利を含む10勝をマーク。翌09年にはWBC日本代表として世界一にも輝いた。「大切な家族」「楽しい家族」と会見でも語ったマイホームパパの長男誕生秘話を明かす。

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 ホテルの玄関で妙にそわそわしている岩田を見かけたのは、もう14年前だ。2007年の11月。高知・安芸での秋季キャンプの取材を終え、原稿執筆のため選手宿舎に立ち寄ると、声をかけられた。

 「子供が生まれそうなんです。明日、練習休みで球団からは関西に戻る許可をもらったんですけど、なかなかタクシーが来なくて…」

 時計を見ると、伊丹行きの最終便まであとわずか。記者もこの年の6月に長男が生まれ、仙台から京都にトンボ帰りした記憶がよみがえった。思わず「タクシーは断ろう。送っていくから」とレンタカーのドアを開けた。

 夕方で国道は混み、渋滞が起きていた。関大時代から安芸でキャンプを張っていた岩田は「こっちに行きましょう」と裏道を教えてくれた。コンパクトカーがやっと通れるぐらいの細道をくねくねしながら進む。

 「来年はもう3年目ですからね。子供のためにも頑張らんと」。横顔には父親になる自覚と高揚感が入り交じっていた。離陸寸前に何とか高知龍馬空港に着いた。

 この時、岩田が出産に立ち会った長男が、もう中学2年生になった。今は野球部に所属しているという。その後、生まれた長女、次女も懸命にダンスのレッスンに励む毎日だ。

 今年8月下旬に兵庫・鳴尾浜で顔を合わせ「お互い、子供も大きくなったな」と笑って家族の近況を報告し合った。入団から2年間未勝利だったサウスポーが父親になり、60個の白星を積み上げた。一家の主(あるじ)として、身を粉にして投げた16年だった。

(プロ野球遊軍・表 洋介)

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