引退の中日・山井大介、幼なじみ記者だけが知っている日本S“完全降板”の真相…森繁和コーチに伝えた言葉とは

スポーツ報知
2007年の日本シリーズ、中日・日本ハム5回戦。53年ぶり2度目の日本シリーズ制覇を成し遂げた中日先発の山井大介(左)が、最後を締めた岩瀬仁紀(右)と抱き合う。山井が8回、岩瀬が9回1イニングを無走者に抑え、継投で完全試合を達成した

 中日・山井大介投手(43)が30日、現役引退を表明した。球界最年長右腕は、好不調の波がありながらなぜここまで長く現役でいられたのか。幼少期から親交のある報知新聞OG記者が2007年の日本シリーズでのパーフェクト降板劇の真相からその素顔に迫る。(報知新聞OG・菊地陽子)

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 2007年日本シリーズ第5戦の山井から岩瀬への「完全試合未完」の交代劇。大きく取り沙汰された試合後の報道では、山井は8回が終わった後にベンチで森バッテリーチーフコーチに「どうする?」と聞かれて「交代してください」と答えたことになっている。後に落合監督は著書『采配』の中で山井が右手中指のマメをつぶして出血していたこともあげて53年ぶりの日本一のために「最善の策をとった」と語っていた。

 だが、その「交代してください」の直前、山井は実はこう答えていた。

「行きます」

 森コーチが山井に背を向けてベンチの端にいる落合監督の元へ向かおうとした瞬間に「あっ」と思って、何秒後だろうか、「森さん、ちょっと待ってください」と呼び止めて「岩瀬さんで、お願いします」と言い直したのだ。「行きます」も「岩瀬さんで」の言葉も本心だった。

 「あの日、あれだけの好投ができていたのも、後ろに岡本さん、平井さん、岩瀬さんというすごい投手陣がいてくれたおかげ。井端さんや荒木さんを始めとした野手の人たちが、相手を研究し尽くしたゆえの好守があって、完全試合が成り立っていた。自分ひとりの力じゃない。だから『投げたかった、くそー』という気持ちは全くなかった。ただ、投手としての本能というか、『自分から降りますとは言いたくない』というありのままの気持ちからやったと思う。あの時、『行きます』と言えていなかったら、今の自分は絶対にいない」

 2007年当時、「空気を読んだんですか」などと質問されるたびに「ガツガツしてないわけちゃうよ」と心の中でつぶやいた。山井は先発マウンドで投手コーチに状態を聞かれる際、体調不良だった1度をのぞいて、「無理」と答えたことはないという。

 「投げられる限り、自分からマウンドは降りたくない。投手ってそういうもん」

 「ダメなら引退。全てを賭けて」臨んだ17年8月31日も分岐点だった。DeNA戦で802日ぶりに先発勝利を挙げ、39歳にしてプロ1号ソロも放ってみせた。もう身を引くべきか? いや、いいボールが投げられる限り投げ続けたい。引退の2文字がよぎったこの数年間も、プロ入りのために支えてくれた人たちを思い浮かべて「常に2年先まで投げられるように」とキャンプで誰よりも投げ込み、丹念に体をケアしてきた。ただひたすら貪欲に、「投げたい」を示し続けてきただけだ。

 ベテランと呼ばれるようになってからは、自分への静かな怒りのような感情をエネルギーに奮い立たせてきたようにも見える。

 今季はファームで7勝(5敗)と投げ続けていたからこそ、チャンスが巡ってこなかったことに悔しさがないわけではない。それでも、ドラフト6巡目入団から20年。「こんなに長くプレーできるとは思っていなかった」。一本気な男は「まだ、投げられます」を貫き通せた幸せは感じているはずだ。

 ◆菊地 陽子(きくち・ようこ)1979年生まれ。大阪・豊中市で幼稚園から中学まで中日・山井と同級生。02年に報知新聞社入社。芸能、プロ野球・オリックス、アマチュア野球、ボクシング担当などを歴任。15年に退社。

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