ラッシャー木村「こんばんは」事件40周年、その場にいたタイガー戸口まだ現役…金曜8時のプロレスコラム

スポーツ報知
14日の日本プロレス史70周年記念「LEGACY」に出場したタイガー戸口(カメラ・泉 貫太)

 新日本プロレスの10周年記念興行として行われた1981年9月23日の伝説の東京・田園コロシアム大会から40周年を迎えた。スタン・ハンセンVSアンドレ・ザ・ジャイアントの“スーパーヘビー肉弾戦”、初代タイガーマスクがエル・ソラールの肩を脱臼させた“事故試合”などが語り継がれているが、メインイベントはアントニオ猪木VSタイガー戸口のIWGPアジアゾーン予選。最大の“田コロ伝説”はこの試合前に起きた。

 両雄が入場してから、国際プロレスのラッシャー木村とアニマル浜口が、10・8蔵前国技館での全面対抗戦(メイン猪木VS木村)をアピールするため割って入った。だが、マイクを握った木村は「こんばんは」と律儀にあいさつし、失笑を買った。「10月8日の試合は、私たちは国際プロレスの名誉にかけても、必ず勝ってみせます」と続けたが、微妙な空気に…。

 すかさず浜口がマイクを奪って「10月8日は絶対、我々が勝ちますよ。おい、待っとけよ!」と対戦する剛竜馬に向かって叫んだ。猪木と戸口はガウンを着たまま渋い表情でやり過ごすしかなかった。これがプロレス界を超えた伝説になったのは、ビートたけしが「こんばんは、ラッシャー木村です」とギャグにしたからだった。

 あれから40年、日本プロレス殿堂会主催の日本プロレス史70周年記念「LEGACY」(14日・後楽園ホール)に、当事者の一人だったタイガー戸口(キム・ドク)が最年長73歳で出場した。193センチ、125キロの巨体は健在で、バトルロイヤルでは、孫ほど年齢の違う現役レスラー16人を相手に大立ち回りを見せてから最初に退場した。

 「あいつら何も考えずにプロレスやってる。失敗したらすぐに次のことを考えて試合を作っていかないと。教えるのがいないんだな」とぼやいた。興奮が収まってから、田コロ決戦40周年について聞いた。「あれから40年ですか。アンドレとハンセンもバッチバチにやりあったのを出番前に見たのも覚えてますよ」そして「一番近くで聞きましたよ」と「こんばんは」事件を回想。「試合前にああいうことをされると場が白けちゃうんですよ。ぶち壊されましたね」と苦笑した。

 全日本プロレス第3の男の座を返上して新日本に乗り込み、IWGP(アジア予選)をかけてエースの猪木と初の一騎打ちという大一番だった。日本プロレスの新弟子時代(1969年)に猪木の卍(まんじ)固めの公開練習の相手(実験台)だった男が12年後にメインイベンターとして肩を並べた。そして、その卍固めで猪木に敗れるというドラマは「こんばんは」に食われた。

 猪木との抗争は木村に奪われてしまい、戸口のIWGP予選もこの1試合だけで終わった。だが、主戦場の米国ではタイガー・チャン・リーとして悪役人気を誇り、アーノルド・シュワルツェネッガーの映画「レッドブル」(1988年)にも出演した。昭和の荒波にもまれてきた戸口は、心臓の手術を受けながらも、令和のリングで存在感を放っている。「あと2年、75歳まではオファーがあれば試合に出る覚悟でいますよ」と胸を張った。(酒井 隆之)

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