捕手・ペレスの46発に思う…若き日のノムさんは150試合捕手フルイニング出場で52発を放っていた

スポーツ報知
シーズン最終戦最終打席で当時の日本新記録となる52本塁打を打ち、熱狂した大阪球場のファンから胴上げされる南海・野村克也捕手

 エンゼルスの大谷翔平投手とブルージェイズのブラジミール・ゲレロ内野手の一騎打ちかと思われた、ア・リーグの本塁打王争い。割って入ってきたのがロイヤルズのサルバドール・ペレス捕手だ。大谷に一時は13本もの差をつけられていたが、8月に12本、今月も8本を打って、一気に大谷を抜きゲレロと並んでトップに立った(記録は現地9月20日現在)。

 捕手として先発出場114試合で31本。体を休めるために週に1、2度座るDHでは先発35試合で15本。計46本は、シーズンの75%以上で捕手を守った選手としては1970年のレッズ、ジョニー・ベンチの45本(捕手以外のポジションで7本)の記録を塗りかえた。捕手という激務をこなしながらの本塁打量産は、ある意味、大谷の二刀流と遜色ない記録と言えるのではないだろうか。

 そこで読者のみなさんに質問である。

 日本プロ野球で1シーズン、最も本塁打を打った捕手は誰でしょう。

 野球通の人なら即答できるでしょう。そうです。あの野村克也さんが南海ホークス時代の1963年にマークした52本です。

 この52本は、1950年に松竹ロビンスの小鶴誠外野手がマークした51本を塗りかえる当時の日本新記録だった。

 10月18日の近鉄戦がシーズン最終戦、それも7回の最終打席、カウント3―0からの狙い打ちで52号アーチをたたき込んだ。この試合後の取材に野村さんは「ワシの良さは下半身の強さ。10年間、人に負けないよう鍛え続けた足と腰がワシをしっかり支えている」と話している。

 当時の新聞には載っていなかったが、実はこのシーズン、150試合制だったパ・リーグでフルイニング、マスクをかぶった。それも前述の下半身の強さがあったからこそだ。守ったイニングの総数は1365。2003年にダイエーの城島健司捕手が140試合フルイニング出場を果たしたが、1265イニング。ちょうど100イニングも上回っている(ペレスは959回2/3)。メジャーの1シーズン、捕手最多出場記録は1963年、カブスのランディ・ハンドリー捕手の160試合。しかし、そのうち全イニング出場は147試合だった。

 20日のペレスもダブルヘッダー第1試合は捕手、第2試合はDHとメジャーでは無理をさせない。シーズン一人でマスクをかぶり続けたノムさんのこの記録に関し「メジャーではクレージーと言われた」と「パンチョ」こと伊東一雄さんから聞いたことがある。

 野村捕手が臨んだダブルヘッダー33試合(それも昨年、今年のメジャーのような7イニングではなく9イニング)のうち、第1試合では7本塁打を含む打率2割2分9厘だったのが、第2試合になると17本塁打を含む打率3割3分6厘の数字が跳ね上がった(いずれもプロ野球記録大鑑=宇佐美徹也著より)。まるで第1試合がウォーミングアップのようなタフネスぶりを見せ付けた。

 ノムさんが樹立した捕手の最多本塁打記録は、日米でも例を見ない150試合フルイニング出場の産物でもあったのだ。

 蛭間 豊章(ベースボール・アナリスト)

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