野田聖子氏、小学生の時からおじいちゃんの膝の上で「総理大臣になる」

スポーツ報知
野田聖子幹事長代行と写真に納まる松葉綮子さん(右)

 自民党総裁選(29日投開票)に滑り込みで立候補した野田聖子幹事長代行(61)は、女性初の総理大臣を目指している。野田氏の祖父は建設相や経済企画庁長官を歴任した卯一氏(1997年死去)。地元・岐阜市の事務所で30年以上野田氏に仕える自民党県連女性局の松葉綮子(けいこ)さん(74)は、「総理大臣になりたいと言ったのは小学生の時。孫としておじいちゃんの膝に乗っていた時から、強く主張していたんです」と語った。

 女性や障害者に目を向け、多様性社会の実現を訴えている野田氏。推薦人集めに苦労し、総裁選出馬を何度も断念してきたが、小学生の頃から一貫して「総理大臣になる」という夢を周囲に話していたという。

 松葉さんは「おじいちゃんの膝に乗っていた時から、強く主張していた」と振り返った。祖父の卯一氏は建設相や経企庁長官などを歴任した自民党の有力政治家。「官僚やお偉いさんに囲まれて生きてきたから」(松葉さん)。政治の世界が身近にあったことが、野田氏が首相を目指す原点だとみている。

 近年は晩婚化で高齢出産をする女性が増加傾向にあるが、野田氏もその1人だ。41歳の時に不妊治療を始め、体外受精14回、流産1回を経験。10年に第3者に卵子提供を受け体外受精で妊娠し、翌年に念願の長男を授かったが、重い障害を持っている。決して順風満帆ではなかったが「どんな時も弱音は吐かなかった」という。「子供を産んでからは、昔はなかった母としての愛情が出てきて、一層女性に寄り添うようになりましたね」(松葉さん)

 「強い女性」の一面の一方で、社交的でおちゃめな顔も持ち合わせる。「お酒を飲むと楽しい人。初めビール飲んで、後はずっと焼酎ですよ」と松葉さん。政党の垣根を越えてのコミュニケーションにも積極的だ。「行こうとした焼き肉店の場所が分からなくなった時に『そしたら(日本共産党委員長の)志位(和夫)さんに聞いてみる』って」。さらに、カラオケでも玄人はだしの一面を持つという。「自分専用の金マイクを手に、郷ひろみを歌うんです。取っつきにくいイメージがあるけど、実はものすごく明るい人ですよ」

 総裁選が告示された17日の会見。野田氏は「組閣の際には半数を女性閣僚にする」と明言した。松葉さんは「政治はずっと男社会。どこか面白くない、改革したい思いがあるんだと思います」と胸中をおもんぱかった。(増村 花梨)

 ◆野田聖子氏の政治歴 1987年、26歳で岐阜県議に当選。90年衆院選で79年に落選した祖父の地盤だった旧岐阜1区から無所属で立候補も落選。自民党公認となった93年衆院選で初当選。98年、小渕恵三内閣で郵政相。37歳10か月での入閣は当時史上最年少。2005年、郵政民営化法案に反対して離党。06年復党。09年衆院選は民主党の柴橋正直氏(現岐阜市長)に敗れ、比例復活。

 ◆野田 卯一(のだ・ういち)1903年9月10日、岐阜市生まれ。東京帝大法科(現東大法学部)卒業後に大蔵省入省。大蔵次官を経て50年に自由党から参院選に当選。51年、第3次吉田茂内閣で建設相。53年に衆院旧岐阜1区にくら替えし、以後9選。76年、三木武夫内閣で経済企画庁長官。79年衆院選で落選し政界引退。97年1月29日死去。享年93。

社会

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請