【プチ鹿島の本音】気まずい青春期 深澤弘アナのゴキゲンな野球実況が父との距離を縮めてくれた

スポーツ報知
プチ鹿島

 深澤弘さんが亡くなりました。元ニッポン放送のアナウンサーで、ラジオの野球実況といえばこの方。深澤さんにはお世話になったなぁ。というのも私の父は熱狂的巨人ファンで、常にラジオが近くにありました。住んでいた長野県は当時テレビのナイター中継の延長があまりなかったのです。なので、テレビが終わると父はラジオを抱えて風呂に直行。夜9時過ぎからはだいたい深澤アナの声が風呂場から響き渡っていました。エモやんの声と一緒に。

 そのあと父は洋間に移動。私も影響を受けて王監督の大ファンでしたから、一緒にラジオを聴きます。中高校生ぐらいになると親にあまり近寄りたくない時期になるのですが、なぜか野球中継の終盤だけは2人でラジオに耳を傾けていた。リリーフの鹿取やサンチェが熱戦を締めるとベンチの王監督がよくやるように、我々もがっちりと握手。だけど会話は特にありません(父は家では無口でした)。

 今から考えるとおかしみが漂う空間ですが、私の気まずい青春期も、深澤さんの実況中は父親との奇妙な共有時間があったわけです。深澤アナの実況はゴキゲンで華やかだった。ワクワクさせた。あれが他のアナウンサーだったら私は頻繁に洋間に顔を出していなかったはず。

 深澤さんの訃報は8日の「ショウアップナイター」冒頭で伝えられたと知り、翌日に「ラジコ」のタイムフリー機能(スマホなどで過去放送も聴けるサービス)で聴取しました。

 番組は1988年6月15日のヤクルト・巨人戦を放送していた。深澤アナが実況で長嶋茂雄さんが解説。息子の一茂さんが代打で出てくると球場は異様なムード。33年前と1日前の放送を同時に堪能できたのです。風呂場のラジオは進化していました。深澤さん、ゆっくり喉を休めてください。(時事芸人)

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