君の物語を絶やすな  高見泰地七段インタビュー〈3〉

スポーツ報知
高見泰地七段(カメラ・矢口 亨)

 2021年、リーダーによるドラフト指名によって3人のチームが編成される非公式の団体戦「ABEMAトーナメント」で藤井聡太二冠(19)=王位、棋聖=がチームメイトに選んだのは同学年の伊藤匠四段(18)、そして高見泰地七段(28)だった。

 普段の交流がない高見にとっては意外かつ望外な指名だったが、10歳上の元叡王は大活躍でファンを沸かせている。
 若き天才が席巻を始めた現在の将棋界で、高見は何を見据えて勝負に臨んでいるのだろう。デビュー10年の思いを聞いた。

文・北野 新太/カメラ・矢口 亨

 ―デビュー10年になる。
 「去年の春からコロナ禍の状況になり、全てが変わった今は転換期だと思います。ずっとお世話になっていた新宿将棋センターも閉鎖してしまって、すごく残念な思いがあります。(研究会や練習将棋で)棋士と直接指すことがほとんどなくなりましたけど、オンラインで関西の棋士と定期的に指すようになったりもしています。失ったものも得たものもありますね」

 ―苦しみながらも順位戦で連続昇級を果たした。

 「去年の3月に(最下級のC級2組から)C級1組に上がれた時は重荷を下ろせた感覚がありました。タイトル経験者として、やはり上がらなくては、という思いがありましたので。今年、B級2組にも上がることができて、自分はもう普通に将棋を指していけるのかな、と思うようになりました。抜け出せて上を向けるようになった」

 ―重圧のあまり一時は胃腸も壊していた。

 「数年前の2年間で5回の内視鏡検査を受けたのは、全棋士ランキング1位だったと思います(笑)。心身はつながっているんだなと知りました。でも今は良くなって、対局中に胃が痛くなることもおかげさまでなくなりました。ずっと追い込まれていましたけど、順位戦で昇級することで気持ちが開放され、切り開けられました」

 ―最初の5年間は大学にも通いながら戦った。同世代の他の棋士はしなかった選択だった。

 「卒業して、その直後に叡王戦がタイトル戦になって。両輪で走行できて、うまくできているなと思いました。大学に行ったことを無駄にしたくはなかったので、失敗する可能性もあった中で後悔のない人生にできた自分を少しは褒めたいです。デビュー10年になる今の自分に何もなかったら、進学は正しかったのだろうかと、ずっと自問自答していたと思います」

 ―叡王になる前に、藤井聡太という天才が突然現れて将棋界を変えた。

 「変な話なんですけど、自分は藤井さんが現れなかったらタイトルは取れなかったかもしれない、と思うんです。藤井さんが登場して、将棋界の輝きは増した。注目されることで応援していただく方も増えて、自分の気持ちも上向いたんです。成長のきっかけをいただきました」

 ―進行中のABEMAトーナメントでは、藤井二冠から指名を受けて同じチームで大活躍している。

 「聞いた時はうれしかったです。近くにいる藤井さんは天才勝負師という雰囲気もありながら、純朴な青年という部分も持っていますね。なぜ指名してもらえたかは…さすがに照れくさいので一度も聞いたことがないですよ~」

 ―同世代の棋士の存在とは。

 「特に八代(弥七段)と三枚堂(達也七段)は特別な関係だと言えるかもしれません。小学生の時に全国大会で争って、奨励会でも一緒に上がってきて、気が付いたら今も同じような場所で戦っている。自分が叡王になった時も、二人で連絡を取って就位式に来てくれました。自分なら同じようにできていたかどうか分かりません。小さい頃から知っていて、20代でも続く関係って不思議ですよね。将棋界以外の方とご一緒して『もう20年の仲なんですよ』って言うと『まだ20代なのに20年の仲ってどういうこと!?』ってビックリされるんですけど、ホント、その通りですよね(笑)。あと、斎藤(慎太郎八段)君もいますし。3年前、関西で順位戦を終えた夜、僕の対局が終わるのをずっと待っててくれたんです。『一緒に話そうよ。今日負けたとしても担いででも連れていくつもりだったからね』って言ってくれて。そういうキャラクターじゃないって思いますよね!? あの時のことは今でも忘れません。自分のことを分からない人がたくさんいたとしても、彼らがいてくれたら、と思うんです。自分というものを保てているのは、同年代がいてくれるからだと思っています」

 ―これからの目標は。

 「自分には藤井さんのような圧倒的な力はないので、どこかの棋戦でベスト4、挑戦者決定戦のようなところに残れる流れが来た時のために、今は爪を研いでいます。もう一度、タイトル戦に出ることと、順位戦でA級に上がることを目指したいです。負い目を払拭するためには、勝負強さが大事だと思っています」

 ―30歳が近づく。

 「30歳になった時の自分を見てください。今より強くなっている自信はあります。根拠はないですけど(笑)。20年以上やっても、将棋って本当に難しいんですよ。序中盤を磨こうとしたら、終盤力が鈍ったりする。テストの点数みたいにはいかないんです。完璧を目指すのは不可能だと分かったので、見ていて熱くなれる将棋、二転三転しても最後に自分が立っている劇場型の将棋を指したいです。AIに席巻される将棋界にあって、自分は自分らしい将棋を指しているんだ、と思いたい。最近、師匠(石田和雄九段)から言われたんです。『高見君は強いんだから自信持って! 高見君の将棋は面白いよ!』って。うれしかったなあ」

 2021年8月28日、ABEMAトーナメント本戦トーナメント1回戦。チーム広瀬を相手にチーム藤井は勝利まで残り1勝に迫った。

 広瀬章人八段に敗れた高見を笑顔で労った藤井は「もう一局、いかがですか?」と言った。信頼を遠慮がちに伝える表情は、今まで誰も見たことのない19歳の顔だった。

 再び勝負に臨んだ高見は丸山忠久九段と激戦を演じる。最終盤、広い盤上のあちらこちらで同時に駒がぶつかる珍しい局面になった。

 どの駒を取ればいいのか。

 どの駒を取られてはいけないのか。

 私を含む無数の視聴者たちは、数秒の考慮時間の中で一手ごとに考えていた。

 そして数秒ごとに盤上へと伸び続ける高見泰地の指先によって、プロの技術を体感し続けた。

 人の胸に鼓動を刻ませる将棋。高見が目指したいと語った「劇場型将棋」だった。

 戦いに終止符を打ち、チームを勝利に導いた高見に、LINEを送ると「連投は驚きましたが、勝てて良かったです!」と返事があった。爽やかな声が聞こえてくるような一文だった。

 高見は言っていた。

 「将棋と出会っていなければ、と想像したことは一度もないんです。小1で棋士という職業を知って、小4の時に目指すと決めた時からずっと」

 棋士という宿命を生きる。

 勝って、敗れて、勝って、物語は絶えず続いていく。

 根拠のない予感を抱かせる何かが高見にはある。最高の時はまだ先にあるのだと。

 ◆高見 泰地(たかみ・たいち)1993年7月12日、横浜市生まれ。28歳。石田和雄九段門下。2005年、棋士養成機関「奨励会」入会。11年10月、四段昇段(プロ入り)。18年、新設タイトルの叡王戦決勝七番勝負で金井恒太六段を4連勝で下し、初タイトルを獲得。19年の初防衛戦は永瀬拓矢王座に4連敗で失冠。20年、順位戦C級1組に昇級。21年、同B級2組に連続昇級。王道の居飛車党で、古来の戦型「土居矢倉」を現代に甦らせた。立教大文学部史学科卒。趣味は競馬。プロ野球・DeNAのファン。好きな言葉はチャールズ・チャップリンの「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇である」。

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