君の物語を絶やすな  高見泰地七段インタビュー〈2〉

スポーツ報知
高見泰地七段(カメラ・矢口 亨)

 将棋界とは何か、という問いに最も単純な形で答えるならば「タイトルを目指して棋士が戦う場所」ということになるだろう。棋士たちは8つある頂点を目指して日々を生きている。
 さらに「タイトルに次いで目指す何か」を挙げるなら、ひとつは「順位戦昇級」ということになる。棋士は自らの格を決める順位戦にプライドを賭けて臨んでいる。
 高見泰地七段(28)は2018年度に叡王を獲得して棋士としての最上の夢を叶えたが、まだ順位戦では最下級のC級2組に停滞していた。タイトル保持者、あるいはタイトル経験者として、這い上がっていくことへの重圧と闘った。
 文・北野 新太/カメラ・矢口 亨 

 叡王の肩書を背負っていた頃、対局中の高見が将棋会館の階下に降り、腹部を押さえて佇んでいたり、ベンチに座り込んでいる姿を何度も見た。過度の重圧のせいで胃腸を壊してしまう時期が長く続いた。そんな中で停滞を強いられ、藻掻き続けた。

 タイトルホルダーは王者であり、棋界の象徴でもある。相手の警戒心や対抗心が一層強くなる中で、ふさわしい成績を残し続けるのは並大抵のことではない。

 1992年、同じようにC2在籍時に21歳の王位となった郷田真隆九段は順位戦を駆け上がった。28歳でA級に昇級してタイトル通算6期を重ねる大棋士になったが、同じような道を歩める保証など誰にも、どこにもない。自らを上の舞台へと押し上げるのは勝利のみ、実力だけの世界なのだ。

 50人以上が参加するC級2組で、C級1組への切符を渡されるのは毎期3人しかいない。どのようなクラスにおいても、どのような年でも、順位戦の昇級は常に「至難の克服」を意味している。

 高見は叡王に輝き、叡王を奪われた後、デビューから8期目を迎えたC級2組でついに昇級を果たすことになる。

 2020年2月6日深夜、田中寅彦九段に勝って初昇級を決めた直後、深く安堵した様子で語った。

 「ここ数日はずっと深夜3時くらいまで眠れなくて、昨日の夜も日付を越えてからも将棋のことを考えて、夢の中でも将棋を指していたような感じでした。朝は跳び起きて『遅刻で不戦敗にならないか!』って…全然大丈夫だったんですけど。C2でタイトルを経験しながら、もしもC2のまま棋士人生が終わったらどうしようという思いがあって。これ以上無い不名誉な記録になってしまうので…だから…今日は嬉しいです」

 「8期もいると一手一手が怖くなるんです。順位戦は力がないと上がれない場所だから、いつかは上がれると思っていても、そんなにチャンスって来ないんです。前期も8勝2敗で上がれなくて絶望しましたし、ずっと自分の中では壁だったので、周りからすると小さい一歩かもしれないですけど、自分にとっては大きい一歩です。斎藤(慎太郎八段)君みたいに、同年代でずっと上にいる人もいるので、ひとつひとつ上がっていきたい」

 9か月前の失冠から、どのようにして前を向くことに転じられたのか、と尋ねた。

 「今でも心は戻っていなくて、街を歩いている途中で叡王戦のことを思い出して立ち止まってしまうこともあります。叡王戦が終わって、また1からになりましたけど、勝って治していくしかないので。順位戦で上がれば、自分の殻を破れるんじゃないかとずっと思っていました。『C2のタイトルホルダー』と言われたことをずっと見返したかった」

 熾烈な闘争を潜り抜けて階段をひとつ上がった高見は、勝つことによって自分自身を救済した。

 翌年度の順位戦C級1組で連続昇級を果たす。21年3月9日、最終戦で高崎一生七段に敗れたが、3つある昇級枠に滑り込んだ。

 「なんとか星を繋いできて、今日は昇級するつもりで来ました。この1か月くらいはこの将棋に勝つことだけを考えて過ごしてきました。おそらく奨励会6級で入ってから昇級の一番を落としたことはなかったので、投了の時はつらかった。でも、山村さん(順位戦・名人戦を主催する毎日新聞将棋担当記者)が対局室に入って来られたので『ん?』と思ったんです。順位戦最終局で取材を受けるということは…悪いイメージはなかったので」

 疾走する速度を失わないまま、5月に開幕した第80期順位戦B級2組でも進撃を続けている。

 深浦康市九段、増田康宏六段、前期に敗れた高崎七段という実力者3人に3連勝した。今月15日には同じく3戦全勝の中村太地七段との分岐点の一局に臨む。

 「太地先生はいつも優しく親切にして下さいます。いつも将棋界のために何が出来るかを考えている。見習いたい先輩です。対局以外ではずっと仲良くさせていただきたいと思っていますけど…」

 対局では勝ちたい、という声を高見は隠した。

 今は視線が変わった。怖さと重さを見つめ続けた男は、自らの力で乗り越えることで順位戦を希望に変えた。

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