君の物語を絶やすな  高見泰地七段インタビュー〈1〉

高見泰地七段(カメラ・矢口 亨)
高見泰地七段(カメラ・矢口 亨)

 高見泰地七段(28)が立っている場所は限りなく将棋界の中心点に近い、と思うことがある。
 NHK・Eテレ「将棋フォーカス」の司会、ABEMA将棋チャンネルの解説などで見せるキャラクターは老若男女に愛される朗らかさがある。盤を離れれば、先輩から同世代、後輩、女流棋士と垣根の無い交流を持ち、人が集う場所で語らいの真ん中にいる。

 そして、何よりも2018年度に叡王のタイトルを獲得し、棋界の頂点を極めた棋士であるということ。

 タイトルを得てから3年。
 タイトルを失ってから2年。
 10月1日にデビュー10年の節目を迎える男の今。
 文・北野 新太/カメラ・矢口 亨

 出会ってから今までで最も高見泰地が饒舌だった夜のことを覚えている。
 2019年5月12日、新横浜駅前の酒場でのこと。世界が見えざる敵に脅かされることなど、まだ誰も想像していなかった夜だった。

 高見は前日、第4期叡王戦七番勝負第4局で永瀬拓矢七段(当時)に敗れ、1勝目を挙げることが出来ずに4連敗で叡王のタイトルを失冠していた。

 対局地の広島・宮島を早朝に出て帰京した高見に、今から会おうよ、という数人の有志がいた。

 研究パートナーでもある佐々木大地五段も含まれていた会合に私も夜になってから加わったが、高見はずっと笑顔のままだった。周りに気を配りながら、軽やかな冗談も織り交ぜる普段通りの姿があった。

 傍目にはただ楽しそうな青年の姿に映っていたのかもしれないが、一緒にいるメンバーたちは彼の心の痛みをどこかで共有していた。勝負師として、下を向く姿は見せまい、と高見が努めていることは明白だったが、いつも通りでいることはなおのこと心に負った傷の深さを表しているようにも思えた。

 棋士にとって、タイトルを奪われること以上の傷など存在しない。

 あれから2年が経過した。

 「そうだったんですか…。あの日、自分がそんなに喋っていたなんて、2年以上も経って初めて知りました。実はあの朝、宮島から広島までどうやって行ったのか全く覚えていないんです。(関係者の)一行より先に一人きりで宿を出たんですけど、何も覚えていなくて。瀬戸内海を泳いで渡ったのかな…というくらいに本当に何も分からないんですけど、いまだに目撃証言がないんです(笑)。でも、新幹線で新横浜まで行って、昼間からとんでもない量を飲んだことは覚えてます。楽しそうに見えたのは本当に楽しかったんだと思いますよ(笑)。大地君も東京駅から新横浜まで新幹線で来てくれて、本当に感謝しています。タイトルを失った時、自分の元からは誰もいなくなってしまうんだなと思っていました。でも、そんなことはなかった」

 高見はふと真顔になって言う。

 「あの時の自分はタイトルの重さに蝕まれていました。そして永瀬さんは強かった」

 前年、対コンピュータ戦から姿を変え、34年ぶりの新しいタイトル戦となった叡王戦で鮮やかな進撃を見せたのが24歳の高見だった。

 段位別予選五段戦を3連勝で抜けると、本戦トーナメントでは後手番の横歩取りが抜群の斬れ味を見せ、豊島将之竜王、渡辺明名人、丸山忠久九段(いずれも肩書は現在)を次々と破って周囲を驚かせた。

 そして金井恒太六段との決勝七番勝負は4連勝で圧倒し、一気に棋界の頂点に立った。

 順位戦の最下級であるC級2組に在籍する五段の棋士は、気付けば七段の叡王になっていた。若者は革命を起こし、一夜にして自らの生きる世界を変えてしまった。

 「タイトルを獲ることができたのは、当然ですけど自分にとってすごく大きかったことです。獲ったことで多くの方々との出会いにも恵まれました。逆に、あれからタイトルホルダーの責任を抱えて押しつぶされそうになった。あの頃の棋譜を見ると、本当に縮こまって縮こまってしょうがないくらいです。当時の自分と今の自分が指せば絶対に今が勝ります。あの時、0だった自分が突然1になって、もちろん1から2を目指さなくちゃいけないんですけど、同じ水準で願えなくなってしまっていた自分もいました。獲って、獲られて、あれからを過ごして。でも、今は自分として前進できた感覚はあります」

高見泰地七段(カメラ・矢口 亨)
すべての写真を見る 5枚

将棋・囲碁

宝塚歌劇特集
NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請