徳光和夫さん、アナウンサー人生50年「私のインタビューの中でも珠玉のシーン」半生振り返る

スポーツ報知
アナウンサー人生を振り返った徳光和夫さん

 フリーアナウンサーの徳光和夫さん(80)が「徳光流生き当たりばったり」(文芸春秋、1540円)を発売した。1963年の日本テレビ入社から約50年間のアナウンサー人生では、“放送人”として自らを語ることはなかった徳さん。半生を初めて振り返り、つづった思いを聞いた。(田中 雄己)

 どこか遠慮気味な口ぶりからインタビューは始まった。

 「放送というのは送りっぱなしと書きまして。放送人の一人として、生放送はめくり返しのできないページを書いているようなものですから。これまで何も書き留めてこなかったのですが」

 けれど、脳内のページをめくる度に記憶がよみがえった。

 「思い返してみると、あんなこともあったなってね。それが一冊の本になると、こうも立派になっちゃって。でも、表紙が国会議員が出す本みたいでね(笑い)」

 印象的なタイトルには、自身の哲学を込めた。

 「仏教の言葉で言うと決して良い言葉ではないんですけど。僕が言う『生き当たりばったり』というのは、ダラダラと生きるというのではなく、ちょっと角度を変えて物事を見ると楽しく生きられるよってね」

 振り返ると、大学進学や長嶋茂雄さんとの出会いなど、さまざまな転機があった。

 「息子が『うちのツキは全部オヤジが持っていった』と言いますけど、本当にツイているなと。成績も普通でしたけど、分岐点でちょっとした努力がツキに結びつき、好転していきました」

 だが、そのツキは趣味のギャンブルでは生かせなかったという。

 「(97年に)報知新聞の1面に載ったことがありまして。船橋競馬で808万円を取って。ツイていたが故なんですけど、1面に出たが故にいろいろな人にご祝儀を出して。最悪なのは、かみさんには400万当たったと100万円を渡していたのに、まさか自分の家に届いた新聞の1面に出るなんて…」

 その“カミさん”が、初期の認知症を患っていることも告白した。

 「傷つくかと思い、悩みましたけど、こんなに明るく喋(しゃべ)るんだからと決断した。きっと疎外される方が、どんどん鬱(うつ)の方向に行ってしまうのではとも思って」

 そんな妻との日常では、自身の職業が生きている。

 「アナウンサーの晩年は、一番良い聞き手になること。一日に何度も同じ話をする彼女の話を聞きながら、別の角度の質問で答えを引き出すようにして。毎日仕事でしてきたことを日常でもしていまして。これが面白いように同じ答えが返ってくるんですけどね、彼女は初めて話すように嬉々(きき)とした表情を見せるんです。その時に、この仕事をしていて本当に良かったなと思います」

 そして、徳光さんの人生で語らずにはいられないのは、やはり長嶋茂雄さん。

 「僕にとって出発点。あの(大学野球新記録となる)本塁打を見て、立教大の後輩になれたというのが、後の人生につながっている」

 当然、五輪の開会式も目が離せなかった。

 「赤いメガネでしたね。ああいう映え方を考えるのも長嶋さん。メガネ越しの笑顔。そこに手を差しのべようとする王貞治さん。そして、長嶋さんを支える松井さん。3人の光景は一番感動しました」

 長嶋さんから思いも寄らぬ回答を引き出した瞬間は、アナウンサー人生の中でも格別だった。

 「(16年に)長嶋さんが80歳を迎えられたパーティーの時でね。現役時代のスーツで出てこられまして。『今一番したいことは何ですか』と聞いたら、『走りたい』と。『ということは東京五輪の聖火ランナー狙っていますか』と聞いたら、『むふふ』と。まさか『走りたい』という言葉で出てくるとは思わなかったし、そこに『聖火ランナー』と返せたこと。私のインタビューの中でも珠玉のシーンですね」

 言葉を頼りとし、歩んできた80年。さて、この先は。

 「やりたいことはありますけど。夢はねぇ…それがないことが、生き当たりばったり人生ですから」

 ◆徳光 和夫(とくみつ・かずお)1941年3月10日、東京都生まれ。80歳。立大社会学部卒業後の63年、日本テレビに入社。プロレス中継や「ズームイン!朝!」などの看板番組を担当し、89年に独立してフリーに。日本テレビ系「24時間テレビ」は全ての回に出演し、2011年には番組史上最高齢(70歳)のチャリティーランナー、今年は24時間テレビサポーターとして出演。大の巨人ファンとして知られる。

社会

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請