パラカヌー 瀬立モニカは7位 パリ大会へ「メダルを取れないとやめられない」医学部受験と二足のわらじ

スポーツ報知
瀬立モニカ

◆東京パラリンピック カヌー・スプリント 決勝(4日、海の森水上競技場)

 女子カヤック200メートル(運動機能障害KL1)で、2大会連続出場の瀬立モニカ(東京・江東区協会)が57秒998をマークし、7位だった。16年リオ大会の8位から1つ順位を上げたが、目標の「地元でメダル」には届かなかった。

 7着でゴール後は数分間、その場でじっとして舟に揺られた。「私自身、ずっと目指してきた夢の舞台。余韻に浸っていたかった。この時間を少しでも水面で感じ取っていたい」。特別な大会をしっかりとかみ締めた。

 会場のある江東区出身で地元開催の夢舞台で日本勢初の表彰台に強い気持ちで挑んだ。準決勝は得意のスタートダッシュに成功し、組2着で通過。迎えた決勝。スタートから少し遅れたが、課題の後半で粘りを見せた。だが、最後は世界の壁に阻まれ、7着。「金メダルを目指してこの5年間進んできたので悔しい。多くの人の愛を感じながらこげたので、すごく楽しいレースだった」。少し目を潤ませながらも、充実の表情を浮かべた。

 パラ切符を得た2019年の世界選手権(5位)以来、実に2年ぶりの国際レース。予選は悪天候の影響もあって組4着で納得のいく結果ではなかった。世界トップの力を久々に肌で感じ、大きな緊張が襲った。決勝前の前夜は「全然寝られなくて。心臓の鼓動で10分おきに目が覚めた」。この日朝の準決勝直前まで「戦いに入るのが怖かった」と棄権届を提出することも考えた。それでも西明美コーチ、坂光徹彦トレーナーに「もう覚悟を決めろ」と支えられ、夢舞台のスタートラインにつくことができた。

 地元への感謝の思いをかみ締めながらこいだ。新型コロナウイルスの影響で無観客開催となったが、江東区役所から応援の言葉を寄せ書きしたフラッグが贈られた。応援動画も地元のスポーツセンターなどで流された。瀬立も地元の“声援”を力に変えて挑んだ。「海の森ありがとう。江東区に感謝。そういう気持ちでいっぱい」と感謝した。

 24年のパリ大会に向けて「メダルをとれないとカヌーをやめられない」と目指す意向を示した。そして西コーチら“チームモニカ”を見つめると「やっぱり私がカヌーをやるにはコーチとかチームの支えが絶対的に必要。5年間、私のことを信じて、一緒に金メダルをとるという熱い目標に向かってついてきてくれたことに感謝したいです。それでパリまでもう一回付き合ってくださいとお願いしたいです」と話した。

 また、瀬立にはもう一つ、新たな目標が胸にあった。「パラリンピックの目標の他に医学部に入って医者になりたいという思いもある」と医学部受験を明言。「これからパリに向けての3年は戦い方は変えていく」。競技と並行して今年大学を卒業し、受験勉強にも励む計画だ。「すごく大変な道のりにはなると思うんですけど、そういう挑戦をしたい」。23歳の若きエースは、今後もでっかい夢に挑み続ける。

 ◆瀬立 モニカ(せりゅう・もにか)1997年11月17日、東京・江東区生まれ。23歳。深川一中でカヌーを始める。東京・宝仙学園高1年の時に「体幹機能障害」を負い、約1年後の14年にパラカヌーを開始。同年以降、日本パラカヌー選手権で優勝を重ねている。16年に筑波大に進学し、同年のリオパラリンピック女子スプリント・カヤックシングルで8位。19年世界選手権5位に入り、東京パラの出場権を得た。モニカの名は母・キヌ子さんのクリスチャンネームから。

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