芥川賞受賞の台湾出身・李琴峰さん、中2から日本語を勉強「日本語表現の多様性に魅了されている」

スポーツ報知
台湾出身で翻訳者でもある李琴峰さん

 第165回芥川賞は石沢麻依さん(41)の「貝に続く場所にて」(講談社、1540円)と李琴峰(り・ことみ)さん(31)の「彼岸花が咲く島」(文芸春秋、1925円)が受賞した。2度目のノミネートで選ばれた台湾出身の李さんは2008年の楊逸さん(中国出身)以来2人目の「日本語以外の母語を持つ受賞者」となった。(北野新太)

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 今日から「ABCDE…」と学び始めた日本人が15年後、自ら書いた英語の小説で全米図書賞を受賞する―。ちょっと想像しがたいストーリーだが、李さんの芥川賞は同じような奇跡の結実と言える。「運が良かったです。自分の作品に自信はあっても、他者からの評価はコントロールできません。だから、肯定されているんだ、とうれしかったですね。翻って、賞がなければ作品が届かないという令和の現実もある。幸運をありがたく受け取って創作に生かしたいです」

 作品のみならず、李さんは会話の上でも日本語を自由に操る。「流ちょうに」レベルではなく、日本語の美点と深部を理解している語り口だ。「私は日本語表現の多様性に魅了されているんです。平仮名カタカナ漢字があり、和語漢語外来語がある。例えば『よ』『わ』などの終助詞を用いて心の情動を表現できることや、老人語として『じゃ』があったりすること。中国語には『木漏れ日』の対訳がないんですよ。とても美しいと思う」

 生まれ育った台湾で、幼い頃から日本文化は常に身近にあった。「学級文庫に『名探偵コナン』がありましたし、ポケモンにもハマりました」。ある時、ポテトチップス「プリングルス」の缶に並ぶ多言語の表記を見て、ふと興味を抱いた。「漢字が入っている日本語に親しみを感じて」

 中学2年で「あいうえお」から勉強を始めた。「台湾の田舎ですから話せる人も教師もいないけど、幸いネットがあって。モチベーションになったのは、日本語は50音を覚えると、どんな歌も歌えること。倉木麻衣さんの『Time after time~花舞う街で~』とかを歌って日本語を覚えました」

 中学卒業時に「いちばん下」だった日本語能力試験の認定は、大学2年時に最難度をクリアした。2011年に早大の交換留学生として来日し、大学院修了後に日本企業に就職した。「でも、日本で暮らすようになっても、高い言語力と表現力が必要な日本語の小説を書けるとは思わなかった」

 ある日、通勤電車の中で「死ぬ」という単語が突然降ってきた。動詞で唯一、「ぬ」で終わるとされる「死ぬ」を用いた小説執筆の挑戦を決めた。「単語に導かれて書きました。辞書を調べたりして、言葉をひとつずつ知ることはとても楽しかった」。17年に発表した最初の作品「独り舞」が群像新人文学賞を受賞。日本語作家としての歩みを始めた。

 芥川賞受賞作は、漂着した島で暮らし始める少女の物語。日本の社会や歴史を投影したような架空の島。李さんは作品固有の言語を複数登場させる離れ業に挑み、成し遂げている。「自分が他の人より優れているとは思わないけど、誰も書いてこなかったもの、自分にしか書けないものを書いてきた自負はあります」

 受賞の吉報は文芸春秋社内のトイレで受けた。「トイレに入っている時に携帯が鳴って、さすがに出られなくて。でも2度目、3度目とかかってきたので、あ、受賞したのかなと」

 ◆李琴峰(り・ことみ)1989年12月26日、台湾生まれ。31歳。2013年、来日。17年、初めて日本語で書いた「独り舞」で群像新人文学賞優秀作を受賞してデビュー。19年の「五つ数えれば三日月が」で芥川賞と野間文芸新人賞の候補に。21年の「ポラリスが降り注ぐ夜」で芸術選奨新人賞受賞。「彼岸花が咲く島」は三島由紀夫賞候補にも。日本のミュージシャン・Revoのユニット「サウンドホライズン」のファン。

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