【夏競馬の名場面】オグリキャップの”長男”を差し切ったエイシンサンサン…1994年小倉3歳S

スポーツ報知
1994年の小倉3歳ステークス(当時)で優勝したエイシンサンサン(奥は2着のオグリワン)

 これが昭和であるならトワ・エ・モアの名曲「誰もいない海」が、ラジオから聞こえてくる季節を迎えた。夏の甲子園大会が終わった。それにしても長かった。コロナに加えて、気まぐれな空模様とも闘った選手、関係者の消耗度は計り知れないが、いずれにせよ「日本の夏」は、これで終わりを告げる。

 夏競馬も最終週である。小倉を締めくくる「小倉2歳S」を振り返ると、特定のトレーナー、ジョッキーが固め勝ちしていることに気付く。特に「3歳S」時代は、瀬戸口勉調教師の独壇場だった。1992年マルカアイリス、93年ナガラフラッシュ、96年ゴッドスピード、2000年リキセレナードと4勝した。オグリキャップとメイショウサムソンなど、時代を駆け抜けた名馬を管理したトレーナーは、無類の小倉巧者という別の顔を持っていた。

 そんな瀬戸口調教師がオグリキャップの一番子オグリワンを出走させたのが、27年前の1994年だった。札幌3歳Sでプライムステージ、キタサンサイレンスが1、2着。新潟では前評判の高かったフジキセキがデビュー戦でぶっち切るなど、サンデーサイレンスの初年度産駒がターフを席巻。本来なら地味な役回りになるはずの小倉3歳Sだったが、怪物オグリキャップの”長男”が参戦したことで盛り上がった。

 フェニックス賞でしんがり負けを喫していたオグリワンが頑張った。2番手追走から直線抜け出して粘り込みを狙う。そこを差し切ったのは、キャロルハウス産駒のエイシンサンサンだった。「オグリワンが本当にしぶとかった」。汗をぬぐいながらレースを振り返る岸滋彦騎手の笑顔が忘れられない。対照的だったのが、オグリワンに騎乗した石橋守騎手(現調教師)だった。「抜け出したあと、ソラを使った。一度でも乗っていれば…」と悔しがった。

 エイシンサンサンを管理していた坂口正則調教師は、翌95年エイシンイットオー、2010年ブラウンワイルドと3勝した。そのうちエイシンサンサン、エイシンイットオーの姉弟を担当した厩務員は、岩本幸治さん。97年の高松宮杯(現高松宮記念)で2着に入るなど、名脇役として活躍したエイシンバーリンも担当した腕達者であった。

 エイシンサンサンは翌年のクラシック戦線では残念ながら結果を残せなかった。次の3勝目は1997年4月13日の1500万(現3勝クラス)。2年7か月も待たなければならなかったが、そのぶん息の長さを証明してみせた。同年のエリザベス女王杯では3着と健闘。暮れの香港ヴァーズ(12着)を最後に現役生活に別れを告げた。

(編集委員・吉田 哲也)

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