幻に終わった前田日明のUWFヘビー級タイトルマッチ…金曜8時のプロレスコラム

UWFヘビー級のチャンピオンベルトを巻いた前田日明の貴重ショット(C)クエスト
UWFヘビー級のチャンピオンベルトを巻いた前田日明の貴重ショット(C)クエスト

 ここに一枚の写真がある。元格闘王の前田日明氏(62、以下敬称略)が現役時代に「UWF」と書かれたWWF(現WWE)インターナショナルヘビー級のチャンピオンベルトを腰に巻いている雄姿だ。

 プロレスのDVDを製作・販売するクエスト(本社・新宿区)が第1次UWF(ユニバーサル・プロレスリング)からUWFインターナショナルまでのUWF12年の歴史をDVD45巻にしたことを取材した際に、提供してもらったもので、“世界初のプロレスビデオ”と呼ばれる「激闘!UWF旗揚げ」(1984年4月11日・大宮スケートセンター)が「The Memory of 1st U.W.F. vol.1」(5000円+税)として復刻された際の資料写真だ。

 第2次UWFの社員だったクエストの山口一也社長(58)によると「大宮の旗揚げ戦のバックステージでの記念写真で間違いありません」という。前田は新日本プロレスを離脱し、第1次UWF旗揚げ前の84年3月25日に米ニューヨークMSG(マジソン・スクエア・ガーデン)で、ピエール・ラファイエル(カナダ)との王座決定戦をコブラツイストで勝利し、WWFインターヘビー級王座を奪取している。

 UWF旗揚げ戦に凱旋帰国した際の戴冠報告の記念撮影だったのだろう。マスコミがこのベルト姿に飛びついたのは、この時、新日本プロレスでは、藤波辰巳(現辰爾)がWWFインターヘビー級王者として君臨していたからだ。藤波は82年8月30日にMSGでジノ・ブリット(カナダ)から王座を奪取し、帰国後には長州力とこの王座を巡って“名勝負数え唄”を繰り広げていた。

 2人の王者が同時に存在することになったMSGでの2度の戴冠劇には、ともに“過激な仕掛け人”と呼ばれた新間寿氏が関与していた。当時WWF会長だった新間氏が新日本を離れてUWF旗揚げに動いたことが、この騒動を生んだのだった。WWFのベルトなのに、大きく「UWF」とデザインされているのは、UWFが「WWF日本支部」を名乗っていたからだ。

 前田は旗揚げ戦のメインイベントでダッチ・マンテル(米国)とノンタイトルのシングルマッチを行っている。復刻DVDを見せてもらったが、当時25歳の前田は「UWFヘビー級」のベルトを巻いて入場し、チャンピオンとしてコールされている。DVDの映像特典「熱闘!前田日明」では試合後までカメラは追っているが、前田はマイクアピールの後、ベルトを持たずに退場。「日本での防衛戦はなかったはずです」と山口社長。今となっては唯一のUWFヘビー級王者としてのDVD映像。拝んで見たい。(酒井 隆之)

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