東京五輪総合馬術4位の戸本一真選手と調教師のちょっといい話

スポーツ報知
戸本一真選手

 8月19日のスポーツ報知競馬面で東京五輪の総合馬術で4位入賞を果たした戸本一真選手の記事を掲載した(ネットでも公開しています)。拠点の英国に出発する1日前の忙しい時間を割いて取材に応じてもらったのだが、紙面スペースの都合でインタビュー内容のすべてを載せることができなかった。今回、同種目で日本勢過去最高成績を残した戸本選手の人となりを改めて紹介したい。

 地元、岐阜県の自宅から車で30~40分ほどかけたところにある笠松競馬場の一角に、乗馬ができる施設があった。8歳の時、初めてそこで馬にまたがった。

 「2つ上の姉が運動嫌いで、母が何かひとつアウトドアの運動をやらせたいということで、母の友達から勧められたみたいで。最初は姉だけで僕は一緒に行っても公園で遊んでいるだけ。怖いし興味もなかったんですけど、1回乗ってからはずっと乗るようになりましたね」

 そこから馬術一筋かと思いきや、中学時代はサッカー部に所属。サッカーが中心で小学校時は週に5日ほどだった馬に乗る機会は週1、2日に減っていた。

 「高校に進む前、親からどちらかを選びなさいと。友達と一緒にサッカーをやるのは満喫したし、自分の実力がどれくらいかもわかっていたので(笑い)。小学校の時から競技会には出ていたんですけど、それまでは岐阜県レベル、東海地区レベルの試合しか出たことがなかったんです。高校から国体を目指してやり始めたという意味で、本格的に始めたのはこの時期ですね。そこからは毎日、馬中心の生活でした」

 高校では国体の団体で優勝し、馬術の名門・明治大学へ進学する。

 「大学に入るまでは無名だったので、頑張って2年生からレギュラーでやるんだという気持ちで入ったんですけど、監督が1年から使ってくれて。うまく軌道に乗ることができて、1年から4年まで何らかのタイトルを取ることができました」

 学生時代に確かな実績を残して2006年にJRAに入会するが、その前に熱心に競馬の世界を勧めてくれた人がいた。明治大学馬術部の大先輩でもある美浦の久保田貴士調教師だった。

 「『JRAに入れば職員としては食べていけるけど、いずれは組織の人間として、馬に乗れない仕事も回ってくるかもしれない。一生、馬に携われるわけではないから、うちで働かないか』と。会うたびに『決まったか? 気持ち固めたか?』と言ってくださって(笑い)。JRAに入ってからも厩務員課程が間に合う年齢だったので、『まだ間に合うぞ。あと何年だぞ』と言われていたんですけど、五輪でこの成績を残して初めて、久保田さんから『馬術の世界で良かったな』と言ってもらえるかもしれませんね」。

 この話を聞いた数日後、美浦トレセンで久保田貴士調教師に“スカウト”の真相を聞いてみた。「若いうちはいいけど、年齢を重ねると乗れなくなる環境になることが多いからね。サイズ(身長、体重)もちょうど良かったし。でも、五輪はすごかった。本当に頑張ったよね。惜しい人材だったよ(笑い)」。

 久保田師自身も大学時代、タイトルを何度も獲得して輝かしい成績を残した実績の持ち主。だからこそ、誰よりも後輩の五輪という大舞台での偉業を誇らしく感じていた。馬術と競馬。似て非なるスポーツだが、同じ馬に携わる人の思いはしっかりつながっていた。(中央競馬担当・西山 智昭)

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