【評伝】千葉真一さん急逝 タランティーノ監督がキアヌ・リーブスが愛した「サニー千葉」

スポーツ報知
千葉真一さん

 アクション俳優として国際的に活躍した俳優の千葉真一(ちば・しんいち、本名・前田禎穂=まえだ・さだほ)さんが19日午後5時26分、新型コロナウイルスによる肺炎のため、千葉・木更津市内の病院で死去した。82歳だった。ワクチンは接種しておらず、8日から入院していた。通夜は行われない。後日、お別れの会を検討している。

 中高生の頃は、器械体操でオリンピックを目指していた千葉さん。「世界に名の知られた人物になる」という夢は「アクション俳優・Sonny(サニー) Chiba」という別の形でかなえることになった。

 東映ニューフェイスとして俳優の道を歩み始める中、「吹き替えなしでアクションができる」という強みが、ライバルたちから一歩抜け出すきっかけに。1960年代半ばからは海外との合作映画にも出演するようになり、70年代に入ってからの空手映画で国際的な知名度は一気に上がった。千葉さんを「キル・ビル」に起用したクエンティン・タランティーノ監督やジャッキー・チェン、キアヌ・リーブスら、世界の超一流の映画人にもファンは多い。

 俳優であると同時に“指導者”としてジャパン・アクション・クラブ(JAC)を設立。アクション作品には欠かすことのできないスタントマンを育て上げた。それも、ハリウッド大作に負けないような作品を撮るには、自分一人だけでは無理という気持ちからだった。

 近年は年齢的なこともありアクションからは遠ざかっていたが、世界へもう一度打って出る映画を撮る夢と情熱は失ってはいなかった。「脚本は書いてある。下敷きは新渡戸稲造の『武士道』で実話に基づく。戊辰(ぼしん)戦争の頃、会津藩から数十人がカリフォルニアへ入植のために渡った。誰も帰って来なかったが、生き残りがいた。そのドラマです」。殺陣の一端を見せるほど、頭の中に構想は出来上がっていた。

 「元気なうちに何としても映画を撮りたい。足腰が大事だから週2、3回だけど鍛えてる。芝生で柔軟をしていると、何かこう、みなぎってくるんだよ、『まだまだいくぞ!』ってね」と話していた。常に海の向こうを目指していた千葉さんが、海外との往来の自由を縛り付けることとなった新型コロナに倒れたのは、無念だったに違いない。

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