コロナ禍で1年延期した東京五輪が閉幕。ほとんどの会場が無観客で行われ、緊急事態宣言下の「異形の五輪」となった。スポーツ報知では、記者コラムでテーマ別に検証する。第1回は「SNSの中傷」。
ほぼ無観客で行われた東京五輪において、SNSは盛り上がりを生み出す重要なコミュニケーションツールだった。一方、抱える問題点も改めてクローズアップされた。
競泳の瀬戸大也(TEAM DAIYA)は金メダル候補筆頭だった400メートル個人メドレーではまさかの予選落ち。決勝まで見据えた戦略が結果的に裏目に出ると、ネット上では批判が挙がった。「めっちゃむかつきますけど…」と漏らすと、さらに炎上した。
今ここで発言の是非を論ずるつもりはない。ただ、何年か取材してきた中で瀬戸がそういう反応を見せるのは初めてで、驚いたのは確かだった。アスリートの発言にはどうしてもリスクが伴う時代である。コロナ禍でリスクは一段階、高まった。多くの人の感情を揺さぶる五輪という場が、さらにその増幅器となっていた。
卓球の水谷隼(木下グループ)や体操の村上茉愛(日体ク)も、自身への誹謗(ひぼう)中傷があると明らかにした。水谷は「1ミリもダメージはない」と断固とした措置を表明し、村上は報道陣の前で涙した。ともに理不尽な障害を乗り越えてメダルを手にした姿には、敬意とともに安どを覚える。
日本オリンピック委員会(JOC)も大会中の悪質な書き込みを監視するチームをたちあげ、場合によっては捜査機関への通報も辞さない態勢を取っていた。ただ、海外からの書き込みもある以上、抑止力になるかといわれれば、そう単純ではない。どうしても対症療法にとどまる難しさがある。
ある関係者は「選手とファンの距離がよくも悪くも近くなりすぎてしまった。かといって今からSNSを全てやめるわけにもいかない」と、悩ましい実情を吐露する。
水谷のように闘うか、あるいは完全にスルーするか。アスリートがSNSを必須とするなら、自己防衛のスキルも高めていかざるを得ないだろう。
しかし、それを彼ら個人の自己責任にしてしまってはいけない。例えばJOCも今の取り組みを、普段から運用できるように厳格で精度の高いものにしていくべきだし、より社会的、国際的な視野で対処法を考える契機としなくてはいけない。同じ悩みを持つのは日本だけではないからだ。アスリートを守る環境づくりに、一層のこと、心を砕いてほしいと望む。(太田 倫)
◆フェンシング選手への中傷 男子フルーレ団体が準決勝で敗れた後、特定の選手へ中傷が相次いだ。日本フェンシング協会前会長の太田雄貴氏(35)は自身のツイッターを更新。「皆さんへのお願い」と題し、「ネガティブな感情を選手にぶつけるのはどうかおやめください」と訴えた。「スポーツでは望んだ結果を出せないことが多々ある。そういった選手への言葉の暴力は許されるものではありません」とも記し、JOCにも報告したという。
◆SNSとは ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略称で、主に登録された利用者同士が交流できるウェブサイトの会員制サービス。ツイッター、インスタグラム、LINEなどに代表される。一般の人でも情報発信できる手軽さがある一方、匿名性を悪用した誹謗中傷、信頼性に欠ける情報が拡散されたり、犯罪の温床になるといったことなどが社会問題化している。
◆太田 倫(おおた・りん)2000年入社。東京五輪では競泳、スケートボード、空手などを担当。大会で最も印象的だったのは、飛び込みで40歳にして決勝へ進んだ寺内健へのスタンディングオベーション。静かな拍手が広がっていくさまにしびれた。