スタンドが満員になる2025年東京世界陸上を見たい 1991年大会では「サクラ」をしました

スポーツ報知
男子100メートル決勝。優勝の瞬間、天を仰ぎ両手を上げて喜ぶカール・ルイス

 東京五輪が閉幕した8日、世界陸連のセバスチャン・コー会長が都内で会見し、将来的に東京での世界陸上開催に意欲を示した。「(コロナ禍が終息し)再び観戦を楽しめる状況になったら、東京に戻ってきたい。この施設(国立競技場)を使い、人々が見損ねたものをお目にかけたい」などと話した。早ければ4年後の2025年での開催が期待される。

 実現されれば、1991年東京世界陸上に続き、2度目の開催になる。コー会長は、建て替え前の旧国立競技場で行われた当時の大会について「日本は陸上競技を理解している国だ」と語った。

 コー会長の言う通り「日本は陸上競技を理解している国」だとすれば、それは、まさに1991年の東京世界陸上が転機になったのではないだろうか。そのように実感した思い出がある。

 世界陸上は1983年にヘルシンキで第1回大会が行われた。現在は隔年開催となっているが、当初は4年に一度の開催。東京世界陸上は、1983年ヘルシンキ、1987年ローマに続き、3回目の大会だった。

 当時、まだ、織田裕二さんというTBSの名物キャスターは存在せず、世界陸上は日本国内で現在のような認知度はなかった。

 東京世界陸上は1991年8月23日に開幕したが、当初は盛り上がりに欠け、チケットの売れ行きも不振だった。当時、私は東洋大学陸上競技部の一員だった。実は、私たちのような大学の陸上競技部員が「サクラ」としてスタンドを埋めていた。大会関係者から各大学のマネジャーに無料チケットが大量に渡され、それが部員に配られた。

 もちろん、私は「喜んで」とチームメートと共に旧国立競技場に通った。目の前で繰り広げられる世界トップの競技に見入った。第3日の8月25日に男子100メートルでカール・ルイス(米国)が9秒86の世界記録(当時)で優勝した瞬間も生で目撃した。

 当時、東京世界陸上を放送していた日テレが連日、カール・ルイスら世界の超人が躍動する姿を伝え、さらにリポーターを務めていた巨人・長嶋茂雄終身名誉監督が「ヘイ、カール!」と呼びかける名シーンも生まれると、大会は中盤以降、徐々に盛り上がっていった。多くの人に陸上競技の醍醐味や面白さが「理解」されて始めた。

 チケットも売れ始めたため、大会関係者から回ってくる無料チケットは一気に減った。かくして、私たちは「サクラ」の役割を終えた。

 無料チケットで東京世界陸上を見られなくなったことは残念だったが、陸上競技部員として、陸上競技が注目され始めたことはうれしかった。

 2025年に東京世界陸上が開催されれば、大会は間違いなく、盛り上がるだろう。その頃にはコロナ禍も終息し、満員のスタンドで、世界のトップアスリートが躍動する姿を見たい。ただ、若い学生に1991年のような無料チケットが回ってくる可能性が少ないことは残念だけど。(竹内 達朗)

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