記者でさえ半信半疑「五輪はないのでは」…自分を信じ最後まで準備を怠らなかった者が勝者になった

スポーツ報知
閉会式の最後で花火が打ち上がり、電光掲示板には「ARIGATO」の文字が(ロイター)

◆東京五輪 閉会式(8日、国立競技場)

 東京で57年ぶりに開催された五輪は8日、国立競技場で閉会式が行われ、17日間の戦いに幕を下ろした。新型コロナウイルスの影響で史上初めて開催が1年延期となり、緊急事態宣言下の東京を中心に、日本が獲得したメダルは金27、銀14、銅17となり、前回のリオデジャネイロ大会の41個を上回る史上最多58個を記録した。金メダルは「30個」の目標に届かなかったが、1964年東京、2004年アテネの最多16個を更新し、自国開催の祭典を彩った。次回の夏季五輪は24年、フランス・パリで開催される。

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 もしこの場に観客がいたら。戦う選手の姿を見ながら、毎日のように想像した。声援が最後の頑張りを後押しし、勝利の瞬間を鮮やかに彩る。いつもより静かなウィニングランは、寂しく映った。これまでの五輪とは、違うことばかりだった。

 開幕直後、競技会場のボランティアの笑顔は控えめだった。ガランとした屋内は、どこかどんよりとしていた。開幕前の世の中は、五輪中止派が多数を占めていた。辞退者も出た。関わることに後ろめたい気持ちを感じてもおかしくはない。日を追うごとに変わっていった。表情は柔らかくなり「おはようございます」の声にも張りが出た。

 選手の活躍とひたむきな姿勢が、閉塞感を吹き飛ばした。大会序盤の柔道で、兄妹金メダルを決めた阿部詩は「本当に、五輪があるかどうか分からない状況で、開催していただいて、私が金メダルを取ることができました」と開口一番、感謝の言葉を口にした。

 選手のこの1年の苦しみは想像に難くない。レスリングの高橋侑希と高谷惣亮の涙、孤独の深さはそこまでだったかと胸が痛んだ。敗退後のミックスゾーンだった。気丈に応じた2人は、同じワードで言葉を詰まらせた。「ボランティアのみなさんが温かくて…」

 国民に歓迎されないまま始まった五輪だった。大会中も新型コロナウイルスの感染者数は増えていく。自分たちを応援してくれる人なんて、家族や友人たち以外にいるのだろうか。だが、会場入りすると、たくさんの笑顔に迎えられた。「僕のことを全然知らない人たちがいっぱいいる中で『頑張ってください』と言ってくれて、胸に来た」。アスリートはこの1年、応援に飢えていた。

 2018年2月の平昌五輪で、羽生結弦を取材した。重圧も故障も乗り越えた羽生の姿が、2年後の東京五輪を戦う夏の選手に勇気を与えたと書いた。昨年3月に延期が決まった。2年後は3年後になった。「五輪はないのでは」。記者でさえ半信半疑だった。自分を信じ、最後まで準備を怠らなかった者がこの夏、勝者になった。

 国立競技場で閉会式が開催された。気温28度、湿度90%。不快指数と感動が同居した夜になった。「ありがとう東京」「ありがとう日本」の文字がスクリーンに映し出されると、涙腺が緩んだ。燃える聖火と、揺れる日の丸を目に焼き付けた。(五輪担当キャップ・高木恵)

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