マネジャーからメダリストへ しゃく熱の札幌で粘った池田向希 20キロ競歩で日本人初の銀メダル

スポーツ報知
銀メダルに輝いた池田向希と銅メダルに輝いた山西利和(右)

◆東京五輪 陸上男子20キロ競歩(5日・札幌大通公園)

 男子20キロ競歩が行われ、池田向希(23)=旭化成=が1時間21分14秒で銀メダルを獲得した。同種目では松永大介の16年リオ大会7位が最高成績だったが、日本人初のメダルとなった。19年ドーハ世界陸上王者の山西利和(25)=愛知製鋼=も1時間21分28秒で銅メダルを獲得。陸上での日本勢ダブル表彰台は、1936年ベルリン大会男子三段跳びで金、銀だった田島直人&原田正夫ら以来、85年ぶりだった。

 見えないタスキを、つなぐような思いだった。レースが動いた17キロ過ぎ。池田は「これにつかないと勝ち目はない」。腹をくくって、飛び出す山西の背を追った。「今まで山西さんに負け続けてきた。ここでようやく、その負けが生きた」。伸びない世界王者をとらえると、M・スタノ(イタリア)とのデッドヒート。残り1周で9秒差をつけられたが、日本人初の銀メダルに笑みがこぼれた。

 存在感を消していた。暑さ対策として札幌市で行われた競歩だったが、午後4時30分のスタート時の気温は31度、湿度63%。厳しい暑さに序盤はスローペースとなった。「15キロ以降が勝負」と池田は一度も先頭に出ず、体力を温存。脱水による筋肉のけいれんなどで途中棄権する選手も出る中、池田は4キロごとに帽子の中の氷を取り換え、手には保冷剤を持ち、給水もきっちり取った。全ては最終盤に備えるため。「この1年、暑熱対策してきて、その成果も感じられた」と、ぬかりない準備が奏功した。

 浜松日体高2年時に長距離から競歩へ転向。当時からマネジャーも務め、東洋大入学時も裏方作業をしつつ競技に取り組んだ。歩くことの深みにハマったのは、競技歴1年弱の高校3年時。全国高校総体5000メートル競歩予選を突破したが、足のマメが破れシューズは血だらけ。それでも言い訳せずに決勝に臨み5位に食い込んだ。池田は当時を「足が痛くてスパートもかけられなかった。でも、それも自分の力が足りなかったということ」と振り返る。その血だらけのシューズは実家の自室に置いてある。悔しさの象徴として心を奮い立たせてきた。

 東洋大時代からの同僚である川野将虎(旭化成)が6日に50キロ競歩へ出場する。ひと足先に表彰台に上った池田は「川野なら自分を超えてくる。勇気づけられたと思うので、明日は一緒に笑いたい」。元マネジャーのメダリスト。絆を大切にする23歳が歩む場所は、日陰から日なたへ変わった。(太田 涼)

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