四十住さくら「540」「540」で初代金メダリスト…延期の1年で磨き込んできた必殺技

スポーツ報知
決勝で演技する四十住さくら(カメラ・矢口 亨)

◆東京五輪 スケートボード パーク女子決勝(4日、有明アーバンスポーツパーク)

 今大会から採用された新種目で日本の四十住(よそずみ)さくら(19)=ベンヌ=が60.09点で初代金メダリストとなった。夏季五輪で日本人最年少12歳11か月で出場している開心那(ひらき・ここな)=WHYDAH GROUP=が銀メダルを獲得し、史上最年少メダリストとなった。夏季五輪で日本勢のワンツーは1976年モントリオール五輪体操(鉄棒)の金・塚原光男、銀・監物永三以来。今大会、スケートボードは男女ストリートと合わせて3冠と快進撃が続く。日本にとって今大会20個目の金メダルとなった。

 灼熱(しゃくねつ)のコンクリートの上に、桜が咲いた。金メダルを首にかけた四十住は「めっちゃ重い。まだ夢で滑って金メダルを取った感じです」。涙ぐんだのは一瞬。すぐに笑顔に変わった。

 3本滑ってベストスコアを競う決勝の1本目。予選で封印した横1回転半の大技「540(ファイブフォーティー)」を2連発して、ただ一人の大台となる60.09点をマークした。演技後は両手を青空に突き上げてガッツポーズ。2、3本目は失敗し「全力は出し切れなかったが、540のコンボ(連続技)を出せたのはめっちゃうれしい」。延期の1年で磨き込んできた必殺技が、大一番で輝いた。

 スケボー歴は小学6年からとやや遅め。自宅の庭で兄・麗以八(れいや)さん(31)が、友達とスケボーをしているのを見て「カッコいい」と、のめり込んだ。

 和歌山には本格的な練習場はない。公園で、家の庭で、大阪、神戸、三重のパークまで。時には5時間も往復して妥協なく練習を重ねた。「もともと同じ事をずっとしているのが好きなタイプ」という。幼少期、母の清美さん(56)に「仕事終わるまでここで待っててね」と言われれば、2時間でもじっと座っていられた。コロナ禍の「おうち時間」には1日100羽ずつ鶴を折り、10日で千羽鶴を完成させた。ズバ抜けた集中力で、短期間で世界のトップへ駆け上がった。

 海外の試合に出始めた頃は、スポンサーもなく、家計への負担は大きかった。両親は貯金を少しずつ切り崩すなどして、交通費、遠征費を捻出した。一度、清美さんが「さくらで破産してもいい? 家売るかも分からんで」と麗以八さんに聞いたことがある。「ええよ。行くとこまで行き切ったらええんや」。それが兄の答えだった。一家の覚悟の強さは、そのままさくらの強さだ。

 昨年には地元の和歌山・岩出市に専用の練習場「さくらパーク」が完成。家から車で10分弱の金メダル基地に通い詰め、1日8~10時間の猛特訓で総仕上げした。世界選手権、アジア大会、日本選手権、そして五輪と全て初代女王。「東京五輪でさくら満開」をキャッチフレーズに、有言実行した。「後悔ないくらい練習してきた。めっちゃ楽しかった。桜? 咲きましたね!」。桜色を入れた勝負ヘアが、誇らしげに揺れた。(太田 倫)

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